『パレオマニア』 池澤夏樹 集英社文庫

 大英博物館に展示された数多くの収蔵物の中で著者の心に留まった物をいくつか。その源流を求めて現地に赴いた全13カ国・28章にも及ぶ旅の記録。訪れた国々はギリシャに始まりエジプトやインド、カンボジアにイラク、オーストラリアなど様々。なお題名にある「パレオマニア」とは著者の造語で、「誇大妄想」ならぬ「古代妄想狂」の意味。
 語り口は独白のスタイルをとっている。しかし何故か主語は「男」という三人称なので最初はちょっと違和感を覚えたが、あとがきを読んだら何となく理解できた。考えがあまり主観的になり過ぎないよう、わざと自分自身から距離をおく為だったらしい。おかげで全体を通じて冷静な見方を貫く事が出来、過去への旅を通じて現代を逆照射することで卓抜な文明論が展開されている。
 現地に身を置くことで初めて分かることも多くあり、やはり「手や足を使う」というのが大事なことを実感。自分も読んでいて眼からウロコがおちる場面が何度もあった。以下にそのうちの幾つかを紹介しよう。

 アメリカ大陸に住む先住民(いわゆる「インディアン」と呼ばれた人々)の居住地域は、北はカナダにまで広がっている。かれらの神話に出てくる「サンダーバード」の木彫りの像が大英博物館に展示されていて、池澤はその像に心魅かれる。そして現地にある博物館まで足を延ばし、先住民の女性から彼らの文化や伝統について直接話を聞く旅にでる。その話の中に出てきたのが、「ポトラッチ」で使う仮面にまつわる意外な話だった。
 「ポトラッチ」と聞くとすぐ思い浮かぶのは、文化人類学に出てくる「蕩尽」という言葉だろう。部族の首長たちが威信をかけてお互い自分の財産を消費し合うという風習で、「贈与」とか「過剰」とかいうキーワードとセットで語られる事が多い。
 しかしここで語られた話は、そのようなキーワードとは全く異なる印象を持つものだった。先住民たちは夏は狩猟のために各地を移動して過ごす。しかし冬には冬越しの地に集まってそこに定住して、春までの寒い時期をしのぐ。冬は一族にとって夏の蓄えを使って親睦を深める時期であり、ポトラッチは集落同士を結び付けるとても楽しいイベントであったとのこと。日本人ならここで述べられている結婚式の話を読めば、その様子が手に取るようにイメージできると思う。招待客に引き出物を配ったり、豪華な食事を供したりというとても楽しそうな様子が目に浮かんでくる。しかしそんな風習は白人たちによって禁止されてしまった。キリスト教圏ではそのような風習はなく、単なる「蕩尽」としてしか映らなかったようだ。先住民たちにとっては、(我々日本人も普通に行っている行為を「蕩尽」と取られてしまっては、)そりゃあ心外だろう。
 ロラン・バルトの『表徴の帝国』を読んで「これは違う」と感じたのに、ポトラッチについてはそのまま西洋的な視点を鵜呑みにしてしまっていたのは我ながら恥ずかしい。

 別の例を挙げよう。
 古代ペルシャ帝国(今のイラン)の首都はペルセポリスと呼ばれている。なぜペルシャなのに「○○ポリス」というギリシャ風の名前が付いているのか前から不思議だった。
 しかしその疑問は、「ペルシャは自国の正史を残していなかった」という説明を読んで氷解した。ペルシャ帝国に関する記述は、全てヘロドトスの『歴史』など、ギリシャ側の記録に基づくものだったのだ。そのため本来の名前「パルーサ」ではなく、ギリシャ語の「ペルセポリス(=ペルシャの町)」という名前になっただけのことらしい。またギリシアはペルシャから侵略を受ける側だったので、ペルシャ帝国に関する記述も(伝聞や著者の偏見などにより)おそらくかなりのバイアスがかかっているとみて間違いなさそう。
 同様の事例はエジプトにもあって、古代エジプト王朝の首都である「テーベ」という名前が何だかギリシャ風だと思っていたら、やっぱりギリシャに同じ名前の町があるらしい。(古代のエジプト人自身は「ワセット」とか「ヌ・アモン」とか呼んでいたとのこと。)古代ギリシャ人は何にでも自分たちの価値観を押し付ける傾向があったようだ。
 高校時代に習った世界史で、地中海や西アジアの古代国家のイメージが頭の中でごっちゃになってる原因が、実はこんなところにあったとは。そこらじゅうの都市に自分の名前に因んで「アレクサンドリア」という名前をつけたアレクサンダー大王と同様、はた迷惑な話だなあ。(笑)

 とまあ、このように本書で著者が行っているのは、まさに自分の物の見方を相対化することに他ならない。
 本書の中には、著者が自分自身の眼で見て/耳で聞いて/(受け売りではなく)己で考えた、そんな文章がおよそ500ページに亘って隅々までびっしりと書かれている。会話文も少なくて独白調の「地の文」が続くので時間はかかるが、決して読みにくくは無い。飾りの少ない端正な文章で語られた温かい人間観察と厳しい文明批評は、読み終えた後の充実感とともに読み応えも充分。

<追記>
 誰の言葉か知らないが池澤夏樹は「理系の村上春樹」と呼ばれているらしい。特徴を掴んでうまく言ったものだと思う。ただし自分が本書を読んだ限りでは、村上春樹ほどには奥底に「辛辣なもの」が秘められている感じはしなかった。生真面目さは生来のものらしく多少堅苦しいところはあるが悪い印象はなくて、却って好印象をもった。あえて喩えるなら「文学寄りの内田樹」といっても良いかも。初めて読んだけど、他のもこんな感じだとしたら結構好みかも知れない。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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