『日本力』 松岡正剛/エバレット・ブラウン PARCO出版

 お馴染み松岡正剛と、日本在住の写真家でありジャーナリストでもあるエバレット・ブラウンの対談集。正剛の本質は作家ではなくあくまでも編集者であり、彼の持ち味がもっとも活かせるのは誰かをネタにして語ること。その意味で本書はかなり理想的だったと言えるだろう。相手が「連塾」のゲストとしても登場したこともある人物だけに、対談相手としては文句なし。正剛がライフワークとする「方法としての日本」を巡る話題が色々と取り上げられ、ブラウンの鋭い指摘と相俟って大変刺激的な対談が繰り広げられている。
 「“日本精神”を見直そう」というと、すぐに戦前・戦中のキナ臭い記憶が取りざたされ拒否反応が出るが、正剛が述べているのはそこではない。古代から連綿と続いてきたのに明治後期に途切れてしまった日本独特の考え方、つまり日本の伝統文化の背後にあるものを、西洋文化と同列に素直な気持ちで再評価しようというものだ。帝国主義や侵略戦争に結びつく思想については、明治後期以降に古き良き日本思想を捻じ曲げたものとして否定している。
 また西洋文化の優れた論理力を否定している訳でもない。彼が言っているのは、表面だけを中途半端に真似るのでなく、やるなら徹底的に西洋(の一神教的)論理を学びつくすべきで、その上で東洋(の多神教的)文化も学ぶべきということ。そうでなければいつまでも欧米の後塵を拝するだけに過ぎないし、その先に待っているのは西洋思想の行き詰まりを追体験することでしかないから。

 以下、2人のやりとりの中で気に入ったところを幾つか挙げる。
 <西洋のいいところ>
  ・○×教育や偏差値教育ではなく、「考える力」を養う教育が小さいころから徹底されて
   いる点と、論理をトコトン追求する立場を重んじる伝統。

 <日本のいいところ(ただし今ではなく過去の)>
  ・“○と×”や“世間と自分”のあいだに「間(ま)」(=一種のグレイゾーン)を
   設けること。
  ・世界に類を見ない「職人」の世界。バーチャルでなく実体験や長年の繰り返しによって
   初めて見えてくること。そして自分が加工しようとする材料や道具に対するリスペクト。
  ・“ガングロ”とか“ゴスロリ”などを生み出す日本人に残る潜在力 ――かぶき者に代表
   される異人としての「変な人」の力。

 他にもある。前からモヤッとしていたことを見事に言い当ててくれたのは、「大切なのは“ナショナリズム”ではなく“パトリオティズム”(*)」というくだり。そうなんだよな、今の国際社会で吹き荒れる民族主義やナショナリズム、すなわち“想像の共同体”の嵐に対抗するには、自分が属する社会の文化や地域、先祖の歴史に根ざすという事こそが、最も有効な手段であるはずなのだ。そしてその実践のヒントが日本文化にあるのでは?という2人の主張は、読んでいてわくわくしてくる。

   *…愛郷的精神とか郷土愛のこと。「日本国民」などという抽象的な概念ではなく、
     地元の「土」に根差した“ローカリティ”と言う意味。

 その点からすると、安倍晋三がかつて言った『美しい国、日本』というフレーズは、「美しい国」というローカリティと「日本」という国家/国体(=“想像の共同体”を守るための施政者による体制)を、無理やり結びつけるものであって全くのナンセンス。本書でばっさりと切り捨ててくれたのは、あの辺の2世議員に感じる胡散臭さの正体を暴いてくれたようで小気味よい。
 なお蛇足ついでに言えば上記の「嵐」を克服するには、「他者に対する不寛容を克服する」という程度では不充分であって、他者の存在や世界の多様性をもっと積極的に(文字通り命懸けで)、認め合うほどの気構えが必要になるはず。

 最後に好きなくだりをもうひとつ。
 自分の知の“ホーム・ポジション”、すなわち自分のバックボーンを作っている情報/文化を認識のがとても重要だと言うこと。例えばエバレット・ブラウンの場合、リルケやゲーテやフレイザーが彼の考え方の根底にあるらしい。また一般的なイタリア人の場合、ホーム・ポジションは一神教(キリスト教)の奥底におそらくまだ連綿と流れ続ける多神教(ローマの神々)の思想なのだそうな。なんだかシモーヌ・ヴェイユの『根をもつこと』にも繋がっていくような話だ。
 これを読んで痛烈に感じたのは、自分が今まで読んできた本が全て自分のホーム・ポジションになっているのだということ。山口昌男しかり中沢新一しかり、松岡正剛も竹田青嗣も、はてはミステリやらSFやら幻想小説やら澁澤龍彦から荒俣宏まで。
 自分は“本を食べて”育ってきたのだなあということを、再び実感することが出来た。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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