『乱歩と東京』 松山巌 ちくま学芸文庫

 裏表紙の紹介には「乱歩の視点を方法に、変貌してゆく東京を解読する。」とあるがどちらかといえば逆で、1920年代(大正時代)の東京に関する社会情勢などをもとに、江戸川乱歩の小説世界を読み説いた本といえる。乱歩作品を使って社会分析をしたと言えなくはないが、自分としては本書の目的はあくまでも乱歩の方にあると思いたい。(笑)
 明治と昭和の間に挟まれて、普段はあまり注目されない大正期だが、実は激動の時代だった。たとえば本書で取り上げている社会情勢を列挙すると、「地方からの急激な流入による人口増加/人口増加により新しく生まれた住居形態とプライバシー概念/職にあぶれて結婚できない無産市民の増加」。
 まだある、「第1次大戦による成金出現とその反動の大不況/家長制度の限界と古い価値観の崩壊の予兆」に、「震災後の国家保安強化と(中産階級指導のための)同潤会アパートの建設/浅草を中心とした芸の変遷」などなど、非常に多岐に亘っている。
 大正といえば「モゴ/モガ」に代表されるように近代文化が花開いた時代であったが、それによる社会の歪みが顕在化したり、帝国主義と侵略戦争への道筋が作られた時代でもあって、単純に一括りで語れるものではないのだ。
 次に本書で取り上げられた乱歩作品を思いつくまま羅列する。「D坂の殺人事件」「人間椅子」「盲獣」に「二銭銅貨」、「芋虫」「屋根裏の散歩者」「お勢登場」や「押絵と旅する男」、それに「陰獣」「吸血鬼」「一寸法師」等々。さらに巻末近くでは「少年探偵団」にはじまる子供向けシリーズまで、乱歩作品のほぼ全てが取り上げられている。

 次にこれらの題材がどのように組み合わされ、分析されているかについて例を幾つか挙げてみる。例えば「D坂の殺人事件」。
 明智小五郎は本作で初めて登場するわけだが、彼は当時地方から東京に流入した無産市民の一人であり、行き場のない彼らは急速に増えつつあったカフェに入り浸っていたことが、当時の社会情勢とともに詳しく説明される。また「屋根裏の散歩者」においては、本作が成立した背景に、当時増えつつあった住居形態である”アパート”の存在(=急激な人口増加に対応するために新しく生まれた)が不可欠だった事などが述べられる。
 当時の人々にとっては自明だったのに、今の我々には遠い世界になってしまっている出来事が、如何に多いかということを思い知らされる。自分は実は乱歩作品の本当の面白さを分かっていなかったようだ。

 もっとも、同じことは今のミステリにも言えるだろう。例えば『インディゴの夜』や『池袋ゲートウエストパーク』をあと50年たって読んだ読者が、本当に面白さを理解出来るだろうか? 風俗とかホストとか平成不況とかゆとり教育とか、今の社会情勢の知識なしで今の読者が感じているような面白さが分かるのだろうか?
 その一方で何十年たっても発表当時と同じ面白さを保つ小説もあるわけで…。
 
 話が発散してしまったが、とりあえず本書を読んだ一番の収穫といえば、乱歩のミステリにも「旬」があったというのが分かった事だろう。
 
<追記>
 松山巌の後の著作である『群衆』で用いられた「社会情勢を当時の小説をネタにして読み解いていく」という手法が、実は本書で培われたということが分かったのも大きな収穫。(夢野久作『ドグラマグラ』とかね。)これって結構使える方法かも。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
カテゴリ
プロフィール

舞狂小鬼

Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

最新トラックバック
FC2カウンター
最新コメント
リンク
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR