『キリストと聖骸布』 ガエタノ・コンプリ 文庫ぎんが堂

 今回は小説ではなくてノンフィクションの方の「ミステリ」を久々に読んだ。いやあ愉しかった、まだまだ世界には面白いことが沢山あるな。(笑)
 題名になっている「聖骸布」とは、イエス・キリストが十字架に架けられた後に、遺体(遺骸)を包んだとされる布のこと。現在はヴァチカンが大切に管理・保管している。(ちなみにイエス本人が身にまとっていた布は「聖衣」と呼ばれる別物。日本人の中には結構ごっちゃにしている人も多いらしいので。)
 この世に1枚しかないその「聖骸布」だが、キリストの全身像が浮かび上がって見えるので、神の奇跡とされ“聖遺物”として崇められてきた。しかしまた一方では、後世に作られた真っ赤な偽物であるとの批判も多くなされている。本書は過去からの「聖骸布」に対する科学的研究の成果を、素人にも分かりやすいようにまとめたもので、肩の凝らない読み物として最適。(クリスマスにもいいと思うよ。/笑)
 なお著者は長年に亘って日本に住んでいるキリスト教の聖職者であるが、決して事実を曲解したり結論を誘導するような書き方をしないよう心掛けていて好感がもてる。肯定派/否定派の双方の意見が平等に紹介されているといえるのでは。
 本書の読みどころは「聖骸布」にまつわる疑問と憶測、そしてそれらを解明するための科学的&歴史学的なアプローチの方法と結果の詳細にある。したがって要約してもあまり意味はないのだが、一応は軽く紹介しておこう。

 肯定派と否定派の主張を大まかにまとめると次のような感じだろう。
   肯定派≒『キリスト本人のものが神の奇跡によって残されたもの』
   否定派≒『後世に人為的に作られた偽造品にすぎない』
 もちろんこれは一番極端な意見を書き出したものであって、肯定派には「キリスト当時のものだが別人のものが誤って伝えられた」もあるし、否定派にだって「人為的に作られたものではなく、何らかの化学変化で偶然出来たものが誤って伝えられた」という人もいる。それに、仮に「聖骸布」が“ホンモノ”でなかったとしても、別にいまさらキリスト信仰自体が揺らぐ訳ではないので、肯定派も別に真偽に拘っている訳ではない(出来ればそうであって欲しいともちろん思ってはいるが)。したがって、むしろ知的興味から真実の追求がなされているといっても良いのかも。つまり我々としては、探求の経過を純粋に歴史ミステリとして愉しむことが出来るわけだ。
 
 真偽論争をゲームに喩えるとすれば、否定派の攻撃をいかに肯定派が防ぎきれるか?という感じ。否定派は布の像が人工的に描かれたもの(=絵画)という物的証拠を見つけるか、出来たのが2000年前どころかせいぜい数百年前のものだということを証明できれば勝ち。もしくはエルサレムと違う場所で織られた布だということを証明するのでもOK。
 一方の肯定派は少し不利だ。キリスト本人のものだという直接証拠を見つけるのはまず無理なので、肯定派がとるのは否定派の論拠を崩していくという作戦。例えば人の手によらなくても自然現象(写真の感光などの物理現象)によって布に像が写ることを実験で証明するか、布が2000年前のエルサレム付近のものである証拠を見つければ、(完全勝利にはならなくても)少なくとも負けにはならない。
 ――どうだろう、ゲームとしてはなかなか面白そうでは?
 行われた科学調査は炭素14による年代測定を始めとして、布に付着した花粉の採取や種類の特定、布の織り方や使われている糸の材質、人物像(変色した部分)の物質解析など様々。歴史文献の調査についても「聖骸布」に言及した文書と実物との整合性や、古来伝えられる多くの複製画との特徴比較など綿密に行われている。
 しかし残念なことに、これだけ詳しく調査をおこなっても現在に至るまで決着はついていない。なぜなら少なく見積もっても過去数百年に亘って聖遺物として扱われてきたため。今まで数えきれないほど公開展示されてきて手アカや蝋燭の煤がついたり、複製画を聖別(*)するため「聖骸布」の上に直接重ねることも何度となく行われたので、当時の絵具によって布が汚染されてしまっているのだ。更には16世紀に火事に見舞われて一部が焦げたり水に濡れてしまい、それも炭素14による年代測定などの調査を難しくしている要因のひとつになっている。
 このように科学的な決着は難しいため、その代わりに両陣営は状況証拠を固めようと一生懸命。今のところは、どちらかというと肯定派の方が有利かなーという雰囲気。(ちなみに肯定派といえども今は「神の奇跡」なんてことは考えてなくて、何らかの自然現象でイエスの像が布に転写されたというのが基本的な立場のようだ。)

   *…宗教的に特別な意味があるものとすること

 「聖骸布」の分析においては、サンプル採取は勿論のこと、調査時間や調査回数もかなり制限されている。宗教的にも歴史的にも貴重なものだけに止むを得ないとはいえ、ちょっとじれったい。そのうちヴァチカンから大々的な調査の許可がでて一気に結論が出せると良いんだが。(でもそうなると愉しみがひとつ減るから、今のままの方が良いのかな。/笑)
 インチキ臭いオカルト本やトンデモ本は興ざめだけど、こういう本ならこれからも大歓迎。とりあえず本屋に似たようなのを探しにいって、ナショナルジオグラフィックの『ユダの福音書を追え』を買ってきた。(笑)そのうちこれも時間を作ってゆっくり読もう。

<追記>
 キリスト教には他の宗教にない独特の魅力というのがある。それは何かと言うと、(旧約/新約ののどちらの聖書にも多くみられるのだが、)数多くの「奇跡」に関するエピソードである。“物語性”と言うか“語りの仕掛け”というか、そのあたりの面白さにはほとほと感心してしまう。なにしろドラマチックだ。
 この「聖骸布」はドラマを盛り上げる様々なアイテムの中でも、かなり重要なな位置を占めるものといえる。
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