『職業としての政治』 マックス・ヴェーバー 岩波文庫

 第1次大戦後のワイマール体制のドイツにおいて社会学者ヴェーバーが行った講演の記録。「政治」に携わる人々を詳しく分析し、生計を立てる為の手段として政治を行う者や、収入源を別に確保した上で政治活動を行う者など、施政者の色々な違いによる参加意識の違いを明らかにした名著。政治と行政の違いを成り立ちに遡って分析するなど、大変に勉強になる。
 出版から90年近く経った今でも、殆どがそのまま現代の政界に通用する話というのが、たいへん驚かされるが、現在の日本の政治を巡る状況は19世紀のイギリスと違いがないのだと知って、大変に悲しくなった。まあそれだけヴェーバーが優れた分析をしたという証拠なのだろう。

 もっと怖いのは、この時点でこれだけの分析力と問題意識を持った人が居ながら、その後のドイツがファシズムへの道を歩んだ事実。(だって独裁者が生まれる危険性まで本書の中でちゃんと指摘されているのだよ。)
それを考えると今の日本の危うさが身にしみてくる。大衆迎合の劇場型政治とそれを煽情的に報道するマスコミ…。「衆愚」は避けて通れない民主主義の暗黒面であるわけだが、その衆愚とナショナリズムが結びついた状態で、カリスマ性をもった人間が現れると一気に同じ状況が生まれそうで怖い。東アジアの国際情勢も偏狭なナショナリズムの呼び水になりそうなことばかりだし。
 最近の漫画に対する東京都の規制条例とそれを巡る石原都知事の発言、阿久根市長の発言~リコール騒ぎなどを見ていると、なんだか胸のあたりにモヤモヤとした重いものが出来てくる。でも名古屋市民や大阪府民だって、決して遠い世界の話ではないのだ。

 こういうことは大人たちがきちんと子供たちに伝えていかなければいけない事だろう。ビジネスマンも「儲かりまっかー」みたいなハウツー本ばかり読んでないで、たまにはこういう本を読むのも良いものだ。
 (今回はクライ話ばかりですいません。)

<追記>
 肝心な話を忘れていた。本書の冒頭には(さらっと)とても大事なことが述べられている。それは「政治の本質」とは何かということ。政治とは権力を志向する取り組みのことであって、権力が他者にある状態を強制する権利のことである以上、政治には強制する手段である暴力が付いてまわる。そして権力は国家主権の形をとって国家の内部(国民)と外部(他国家)に対峙することになる。正確な表現ではないが概ねこのようなことが述べられている。――非常に卓見だと思う。そして国家主権を実現する手段として軍隊がある以上、軍隊はまさに暴力装置として機能するわけだ。世の中がキナ臭くなればなるほどヴェーバーの思想の重要性は増すばかりといえる。
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No title

とても魅力的な記事でした。
また遊びにきます。
ありがとうございます。

No title

あろえさん、コメントをありがとうございます。(お褒め頂きちょっと恥ずかしいです。)いつも好き勝手な事を書いてますが、よろしければいつでもお越しください。
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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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