『OZの迷宮』 柄刀一 光文社文庫

 本格推理モノの連作短篇集。構成そのものに仕掛けが施してあり、ネタバレになるので中身には一切触れる事はできないが、極めて硬質かつ良質なミステリだと思う。以前読んだ本の中で純粋な「悪意」とでもいうべきものが次々と人を変えて乗り移り、犯行を続けるという話があったのを思い出した。―ただし本書とアイデアがかぶる訳ではないので御安心を。(笑)

 笠井潔が『模倣における逸脱』(彩流社)を始めとしたミステリ評論で述べるところによれば、「探偵小説」という小説ジャンルが誕生するきっかけは第一次世界大戦だったのだそうだ。この大戦で人類は初めて「大量殺戮」と、それにより大量生産された「無意味な死」を目の当たりにすることになった。19世紀的な文学理念である「人生と相関わる謎を解こうとする小説(=純文学)」の図式は崩れ去った。その結果、厳粛であるはずの人間の死をパズルの断片のごとく扱う、特異な小説ジャンルが登場することになった。それが「探偵小説」なのだそうだ。 
 「探偵小説」はやがて様々な支流へと分岐しつつ、ミステリという大河を作り上げて今日に至っているが、その中で特に「本格モノ」とか「パズラー」と呼ばれるサブジャンルにおいては、初期の「探偵小説」が持っていた特徴が今でも色濃く残されている。極論すれば、パズラーにおける「ひとりの被害者の死」は読者を「トリックの解明」という愉悦に導くための単なる記号でしかないのだ。
 このようにミステリが手段として選んだのは、人間の死をパズル化することだったが、その狙いは(逆説的であるが、)個人の死に尊厳を持たせることであったとのこと。それによってひとりの人間の死に逆に“特権的”な意味合いをもたらすことができるのだとか。(かなりイビツな形だとは思うが。ここらへんは、中井英夫の『虚無への供物』のテーマにも共通している。)
  …とまあ、本書『OZの迷宮』のように良くできたパズラーを読むと、いつもこのような話を思い出してしまう。

 とことんまで無駄をそぎ落としてトリックに奉仕するために書かれた物語。本書の硬質な筋運びを読むと、最初の内はそんな印象を強くもつ。しかし読み進むにつれて、2重3重の驚きが待ちかまえている。もちろんパズルの部分では「ミステリ」的な好奇心をきっちり満足させてくれるが、そこを踏まえた上で「小説」としての完成度も高めるという難題に本書はかなり成功していると思う。ミステリでありながら、なおかつ「ひとつの命のかけがえなさ」といったテーマを、(変化球でなく)ストレートに表現していて完成度は高い。
 島田荘司の『奇想、天を動かす』(光文社文庫)や松本清張原作の映画『砂の器』のような好印象をもった。
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