『本は、これから』 池澤夏樹/編 岩波新書

 今福龍太/上野千鶴子/内田樹/紀田順一郎/出久根達郎/松岡正剛などなど、総勢37名にもおよぶ名うての本の「読み手」や「送り手」たちが、電子書籍の時代を迎え「本」について語ったエッセイ・アンソロジー。初出がどこにも書いてないが、池澤夏樹による序文を読む感じでは、もしかしたらこれ全部書き下ろしなのかもしれない。―そうだとしたら凄いことだ。これだけ錚々たるメンバーを揃えられる岩波の力こそおそるべし。
 出てから1カ月もすれば新聞の日曜版の書評でとりあげられると思うから、誰も騒いでいない今のうちに早い者勝ちで書いてしまおう。(笑)

 中身は基本的にどこから読んでもOKで、且つどれを読んでも本好きには面白い内容ばかり。個々の内容について触れるのは止めておくが、紙媒体の行く末に思いを馳せる人や、物理的なツールとしての電子書籍に限界や可能性を感じる人など、スタンスは千差万別。装丁家や書店員など色々な立場からの意見もあり新鮮だった。
 どのエッセイをとっても、電子書籍と紙の書籍について語るということは、多かれ少なかれ「読む」という行為が持つ意味について考えざるを得ないわけで、それが堪らなくこちらの脳味噌を刺激してくる。まあ、なんせ総勢37人にもおよぶ大所帯なので、中には的外れに見えることを書いている人も居るには居るが。(笑)
 こうして愉しく読み進んでいった訳だが、2/3ほど読んだところで気が付いた。これって簡易的なデルファイ法(*)じゃないか? 皆が意見を集約している訳ではないからきちんとしたものではないが、共通する認識は数多い。それらをざっくり纏めて書き出してみると、本の未来は次のような感じ。

   *…未来予測法のひとつ。多くの専門家がそれぞれの意見を出し合って統計的に意見を
     集約し、それにより未来を直感的に予測する方法。命名は古代ギリシャで託宣を
     行った「デルフォイの巫女」の故事に因む。

【本を巡る未来予測】
 今後はかなりのスピードで紙の書籍から電子書籍への移行が進む。しかし紙の書籍も無くなってしまう訳ではなく、ある比率で棲み分けがなされる。ただしその比率は様々な要因が絡むので未知数。
 電子書籍の拡大により冬の時代を迎えるのは、電子化が起こる前から制度的に疲弊していた出版業界。本というハードウェアではなく編集にまつわるソフトウェアに長けた企業だけが生き残れる。新刊は基本的に電子書籍で出版されるようになるが、ある種の本は紙の書籍でも同時に出版される。またオンデマンドによる個別の出版が普及し、エンドユーザーが自分の気に入った書籍(で紙で出版されていないもの)を、自分用に書籍化するサービスの利用が増える可能性もある。
 出版社以上に壊滅的なダメージを受けそうなのは、市場が急速に縮小していく印刷業界と新刊書店。(特に地方の書店などは壊滅的になるかも。生き残るのは駅前の超大型書店と、地域密着で独自のマーケットを作り上げた一部の書店くらい。)
 一方で今と変わらないのは本(コンテンツ)の書き手と図書館と古書店。書き手にとっては、出版社がどうなろうがWeb販売など別の選択肢が増えるので問題はない。図書館も提供するサービスの内容が紙から電子ファイルになるだけ。古書店業界も膨大な古書のストックが有る限り、そしてそれらが全て電子化でもされない限りは全く問題ない。
 ユーザーは雑誌や読み捨ての本を全て電子書籍で買うようになり、より快適な環境を得られるようになる。もちろん紙の書籍を買うのも可能。電子化されていない本は古書店にいくかネットで購入する。もしかすると電子化によって書籍コンテンツに触れる機会が増える分、読者人口は今より増える可能性すらある。世界的には本の供給が困難な地域の住民にも書籍を届けることができるので急速に電子書籍の普及は進んでいく...。
 
 時期や程度に不確定さはあるが、概ねこんな感じではないだろうか? こうしてみると、電子書籍の普及がこのまま進んだとしても、本の「送り手」も「読み手」もさほど困ることはなく、むしろメリットの方が多いかも知れない。深刻なのはその間の出版&流通の業界なのだという事がよくわかる。
 水が高いところから低いところへと流れるように、市場原理の黒船がやってきた今、放っておけば市場環境はエンドユーザーにとって最適な形の実現を目指して動き続ける。かならずそうなる(=アメリカ国内の状況をみよ)。そんなとき既得権益の受益者たる出版社がいくら波に抗おうとしても、せいぜい溺れる時間を長引かせるだけに過ぎないだろう。それどころか、うかうかして市場が黒船に席巻されてしまった後では、時代の波に呑まれた者たちが活躍できる舞台はもはやない。とすれば波に呑まれるのを手をこまねいて待つのでなく、自ら進んで波に乗ってしまうことが必要なのは、子供にでもわかる理屈だ。それが判らないとすれば、自分を中心にして半径50mの範囲の世界だけで物事を判断しようとする“わからんちん達”が、関連業界のてっぺんに居座っているからじゃないだろうか。まあ“わからんちん達”がのさばるのは、どこの業界でも同じことかもしれないけど。

<追記>
 情報技術の進歩は早く、今では「ドッグイヤー」どころではないスピードで市場が急速に変化している。したがっておそらく本書の“賞味期限”も大勢が判明する数年程度までであって、その後は急速に古びていくのではないだろうか。しかしこれは直観だが、更に30年ほど過ぎた後からは、貴重な歴史の1級資料として本書の価値は年を経るほどに増していくと思う。大きな時代の節目において、はたして当時の人が何を感じていたのか…なんてね。
 それほど遠くない将来には、紙媒体の「本」を殆ど読んだことがなく、電子書籍だけで読書する世代がきっと登場することと思う。そのとき世界はどう変わっていくのだろうか? 恐ろしくもあるが実に興味深い。(その時に『華氏451度』の世界が出現しないことを祈ろう。)

<追記2>
 本書を読んで自分の電子書籍に対するスタンスはほぼ固まった。
 もっと使い勝手が良くて値段もこなれた電子書籍が出るまでは買わない。良いのが出てから入手して、一過性の読み捨て本はその後は電子書籍で買う。(多分エンタメ系とエッセイ本は殆ど電子化で費用も抑える。)一方で学術系や難しめの本は紙の本を買ってじっくり読む。電子書籍で買った本でも、手元に置いておきたいものは改めて紙で買い直す。―多分こんな感じになるんじゃないかな。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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