『エッフェル塔』 ロラン・バルト ちくま学芸文庫

 ルーブル美術館や凱旋門などと並び、パリを代表する観光スポットであるエッフェル塔。そんなエッフェル塔に対してバルトが記号論的な「読み」を行った掌編。
 そもそも記号論というのは「構造主義」の一派であり、そして構造主義というのは人類学者レヴィ=ストロースが、原住民の複雑な婚姻関係の分析において数学的処理を活用し、高度な社会構造の存在を解き明かしたことに端を発している。個別の事物の意味に囚われるのでなく、因子の関係性のみに着目して上位の構造を解き明かすことが構造主義の特徴であり、旧弊な固定観念に対する批判を行おうとする人達に多く利用された。
 それではバルトは何をしたのか? 彼が行ったのは、人が普段行っている文化的活動全てにおいて、言語や意味解釈におけるルール/構造を明らかにすること。そのためには社会的な出来事をすべて人が解釈するための「記号」として捉える必要があり、それが「記号論」というわけ。言語そのものに対する分析をするわけだから結構分かりにくいが、それが何となくスマートに見えたので、80年の日本で「フランス現代思想」として一世を風靡した。(なにしろ格好良かったので一種のファッションと化して、わけも判らず解説書を読む素人が続出した。―実は自分もその口のひとり。/笑)

 閑話休題、話を本書に戻そう。
 本書のテーマである「エッフェル塔」に対してバルトが行ったのは、ランドマークとして人々から“見られる存在”としてのエッフェル塔と、パリに初めて出来た「パリ全域を視野に入れることができる施設」という“見る存在”としてのエッフェル塔、その2重の意味があるという分析。
 “見る/見られる”というこの2つの視点を軸にして、エッフェル塔が内包する様々な意味を彼が読み解いていく様子は、探偵による謎ときを読んでいるようでとても愉しい。それは例えばどんなものかというと、エッフェル塔の材料である「鉄」がもつ火の神話作用や工業技術のメタファーとしての意味合い。また観光スポットとしては、聖と俗の両方が混じり合っているという点など。本論は写真を入れてもたったの100ページあまりしかないので、手軽で愉しい読書時間が過ごせた。

 実は本書には、本論を読み終わった後にも更にもうひとつの愉しさがあった。それは何かと言うと、後半に付されたバルト思想の解説。諸田和治と宗左近による解説は、バルト思想の全体像を初心者にも分かりやすく俯瞰していて大変に有りがたい。(ちなみに今までバルトは『表徴の帝国』を1冊読んだだけという初心者。)
 何となく読み始めたこの『エッフェル塔』だったが、本書はバルトの入門書としてちょうど手ごろなものだったようだ。以下、解説に沿ってなるべく簡単にバルト思想をまとめてみたい。

 先程も少し触れたように、バルトが行ったのは「言語そのもの」に対する構造主義的なアプローチだった。言葉には(例えば「みかん」「海」というように、)何かを表現するための音の連なりがある。それをバルトは「シニフィアン(=意味するもの)」と名付けた。対して「手に入るくらいの大きさで、丸くてオレンジ色をしていて皮をむくと甘い」といった、“み・か・ん”という言葉が指し示す意味がある。これを「シニフィエ(=意味させるもの)」と呼んだ。
 このように普通は「言葉と意味は対になっている」と思って生活しているが、実際はもっと複雑。「入道雲」を例にとろう。「入道雲」という言葉には、高層圏まで空高くのびた積乱雲の通称という現象/物理的な意味だけでなく、「夏だ! 海だ! ビーチだ!」「スイカ割りに水着にドライブ!」といった関連イメージがついてまわる。(通俗的な例で申し訳ない/笑) バルトはこれを「神話作用」と名付けた。
 言葉の本来の意味を核にして、色々なイメージが周囲にまとわりつき、全体でクモの巣のような関連性を形作っていく。これは神話において語られるエピソード群は単なる「お話」ではなく、もっと大きな「何か」を象徴的に二重写しで説明しようとしているようなものだ。「言葉」という糸によって織られた、様々な「意味」という図柄が描かれたタペストリー。その「意味」を作り上げるための「言葉」の関係性ことをバルトは「エクリチュール(表現性)」と呼んだ。(これはレヴィ=ストロースが「構造」と名付けたものにほぼ等しいと思う。)
 バルトは彼の評論活動において、あらゆる言語活動についてまわるこの「神話作用」の関係性を断ち切り、シニフィアンとシニフィエを裸にしたいと考えたようだ。(その状態こそが「エクリチュールの零度」ということ?)そしてその実践を行ったのが本書『エッフェル塔』と『表徴の帝国』の2冊というわけ。
 以上がバルト思想の概要だが、つたない解釈で申し訳ない。(笑)

 『エッフェル塔』はバルトが詳しいフランス本国の代表風景であり、そこに隠された意味もバルトにはお馴染みの物ばかり。当然バルトは塔がもつ様々なイメージを漏れなくあきらかにする事が出来るわけで、オモテの意味とウラの意味を全部丸裸にしていくのが本書を読む快感といえる。逆に日本訪問に刺激されて執筆された『表徴の帝国』では、彼にとって全く理解できないコードをもつ日本文化はあたかもオモテの意味(=表徴)しかもたないように感じられたようで...。これは我々日本人からすれば大変な誤読である訳だが、逆にそれが憶断を廃して新鮮な目で日本文化を見直すきっかけになり、またこれはこれで面白い。
 と言う訳で、本書の解説によればバルトは『エッフェル塔』『表徴の帝国』『神話作用』の3冊を読めば概ねいいようだ。でも素人がこんなこと言うと怒られそうだな。(笑)
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