『ナマコの眼』 鶴見良行 ちくま学芸文庫

 ナマコに焦点をあてて、文化人類学やら経済学やら社会学やら様々な学問分野を横断しつつ、考察を重ねた労作。(書き上げるまで20年くらいかかったらしい。)盛り込まれた情報量たるや、確かに20年というのも納得できるほど膨大なもの。しかもフィクションではなく、全て事実かどうか検証を行ったものなのだから恐れ入る。時には現地まで出向いて調べているようだし。なぜそこまでナマコに拘泥するのか、本人自身もさっぱり分からないといっているのが面白い。話はあちこち脱線して飛びまくるし、小説ならガルシア=マルケスの『百年の孤独』のような“全体小説”というやつに近い。
 著者はちょっと変わった物の見方をするのが好みらしくて、他にもバナナやマングローブなどに着目して独自の視点から世界史(特にアジア史)の研究書を書いている。いずれの著書も狙いは同じで、権力者によって書かれた正史では埋もれてしまうような、(例えば少数民族などの社会的弱者や民間交流などの)陰の歴史に光を当てようというもの。その結果、教科書で習ってこなかった新しい世界史が見えてくる。
 本書では、第1部から第3部には東南アジアおよびオセアニアを中心としたナマコの加工品の交易史が述べられている。第4部は我々に身近な日本~朝鮮半島の東アジア地域なので、内容をさらに掘り下げてナマコの交易史だけでなく文化史まで広げて考察している。

 ではなぜ「ナマコ」なのか? 理由を一言で言えば、ナマコは香料や絹、または貴金属や宝石のように価値が極めて高いものではないためだ。国家戦略的にみて重要な品目ではないので(*)、ナマコの交易は民間貿易が主体であり、西欧諸国の動きに左右されない。そのため従来の帝国主義的な世界観に影響されない独自の視点から世界を眺める事ができるという。
 また産出場所がアジア・オセアニアの全域に亘っているので、一大消費地である中国に運ばれるまでに数多くの国々が関わることになるという点も、今までとは違う図を描くことに貢献している。特定の食物に焦点を当てて世界を見るという手法は、例えば『一杯の紅茶の世界史』(文春新書)とか『コーヒーが廻り世界史が廻る』(中公新書)に共通するものといえる。

   *…ただし江戸から明治期においての日本だけは例外で、国際貿易のための重要な
     品目であったらしい。

 この手の本を読む醍醐味は、今までの見方をひっくり返して「目からウロコが落ちる」というところ。その点で言えば、第1部~第3部は網野善彦の『東と西の語る日本の歴史』(講談社学術文庫)や『無縁・苦界・楽』(平凡社ライブラリー)ほどには、(残念ながら)愉しむことができなかった。それは本書の内容が悪いからではなくて、単に自分が太平洋史に詳しくないから。そのため、本来なら「まさかあの○○が××だったとは!」という驚きになるはずのところでも、「ヘえー、そうだったんだ...」という感想に終わってしまう。第4部については日本国内を中心にナマコの文化史が載っているので面白かった。話は相変わらず飛びまくり、ナマコが伊勢神宮の奉納品として使われている話に始まって、やがて伊勢つながりでアワビへと話が飛んだりと縦横無尽。全部が第4部くらい理解できればもっと愉しめたのだが、如何せん全体で550ページにもおよぶ大著だけに、遅々として読み進むことができないのがきつかった。
 本書を隅々まで愉しめるようになるには、落語家の古今亭志ん生じゃないけど「もういちど勉強しなおしてまいります」だ。(笑)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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