『エステルハージ博士の事件簿』 アブラム・デイヴィッドスン 河出書房新社

 バルカン半島に位置する架空の国スキタイ=パンノニア=トランスバルカニア三重帝国を舞台に、多くの不思議な事件が発生する物語。収録作は全部で8つであり、以下のような話。(ネタバレしないようにかくのは難しい。/笑)

 1話目)催眠術により数十年も年をとらないまま眠り続ける少女にまつわる怪奇譚。
 2話目)国宝「エルサレムの宝冠」の盗難事件の犯人を、博士が得意とする骨相学を使って
     プロファイリングしていく話。
 3話目)辺境の地を舞台に、人狼ならぬ「人熊」と呼ばれる人物を巡る悲しい物語。
 4話目)「神聖伏魔殿」と名乗る異端教団によって引き起こされようとする帝国の危機を
     回避しようと博士が奔走する。
 5話目)イギリス人魔術師との交流および「オッド力(りょく)」なる未知の力の探求。
 6話目)現代によみがえったローレライ(人魚)伝説の謎。
 7話目)古より伝わる叡智が引き起こした“事件”を超人的推理で解決。
 8話目)現実と幻が交差する不思議な世界に迷い込んだ男の話。

 これらの事件(もしくは謎)を解決するのが、法学/医学/哲学など7つの博士号を持つ、天才・エステルハージ博士。彼はシャーロック・ホームズを彷彿とさせる一種の知的スーパーマンである。戦前の探偵小説の雰囲気を漂わせる話だと聞いて、頭の中で小酒井不木や夢野久作の短編と比較しながら読みはじめたが甘かった。作者が仕掛けた“遊び”の量が半端でなく多い。架空の歴史書として三重帝国の文化や地史を愉しむもよし、博士がつぶやく言葉をいちいちヒモ解いて衒学的な愉しみに浸るのもよし、もちろん幻想的な物語やミステリとして読んでも面白い。(というか、どの枠にも収まりきらない。)まるで太い道が何本も伸びている大きな森の中のようなもので、自分の進む方向をしっかり定めて読み進まないと、「気の向くままにフラフラと」では足をとられて迷ってしまいそうになる。正直言って、3作目のあたりまではどこをポイントにして読めば良いのかわからずかなり戸惑った。しかし各話に通じる読み方を見つけて、自分なりの見方(*)が定まった4話目あたりからはグングンと面白くなり、あとはラストまで一気読み。

   *…どんな見方か一言でまとめると、S・ホームズがゴーメンガーストで活躍する
     『怪奇大作戦』。前述の内容紹介もそれに沿ったまとめ方をしてある。
     (もちろんこれは自分なりの読み方であって、他の人がどのような読み方をして
      も自由だし、またそれだけの読み方を許すだけの度量をもった作品でもある。)
     なお、これでは良く分からない人のために少し補足しておく。
     「ゴーメンガースト」とはマーヴィン・ピークが書いたゴシックファンタジーの
     傑作で、架空の城ゴーメンガーストを舞台にした城主タイタス・グローンの物語。
     細部までリアル且つグロテスクなまでに作りこまれた設定が見事。
     『怪奇大作戦』とは1960年代末に放映された岸田森が主演の特撮テレビドラマで、
     科学捜査研究所のメンバーが怪奇な犯罪に立ち向かう物語。

 翻訳家の柴田元幸氏もツイッターでつぶやいていたように、ある程度続けて読まないと面白さが判らない類の本だから、本シリーズはバラバラに発表されるのでなく本書のようにまとまった形で世に出されて良かった。読み方さえ見つければ、U・エーコの本ほどには敷居も高くないし気軽に再読も可能なのだが、中途半端な形で読まれると、何がどう面白いか判らないまま酷評される恐れもあったかも知れない。ハードカバーなので読む気のある人しか手を出さないというのもある意味正解かも。ハードカバーがふさわしい本というのも確かにあるんだね。安けりゃいいという訳でもないようだ。
 巻末の刊行予定リストをみるとウィリアム・コッツウィンクルの『ドクター・ラット』とかジョン・スラデックの『ロデリック』など、幻とされてきた作品が挙がっている。国書刊行会の『未来の文学』や『レム・コレクション』などと同様、楽しみなハードカバーのシリーズがまたひとつ増えた。

<追記>
 中身についての感想を書くのを忘れていた。
 ドタバタが愉しい4、5話もいいが、情感あふれる6、7話の渋さも好み。そして最後の第8話「夢幻泡影」に至っては、まるで夢幻能を見ているような法悦感に浸れた。解説にもあったように小品ながら同じ作者の名作「ナポリ」にも匹敵する出来とおもう。なお先程の『怪奇大作戦』に喩えるなら最終回が名作『京都買います』だったようなものか。(笑)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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