『ベン・ハー』 1959年(アメリカ映画)

 ここまで「午前十時の映画祭」で『パピヨン』『大脱走』『ゴッドファーザー』と順調に見てきて、いよいよ今回は『ベン・ハー』である。往年の名画を大スクリーンで見るという悦楽は、結構病みつきになっている。幸いにして好評だったので来年も続けられるらしく、是非とも『ブラザー・サン シスター・ムーン』や『ロビンとマリアン』『汚れなき悪戯』などの名画も取り上げてもらいたいものだ。

 ところで、この催しがなぜ気に入っているかと言うと、フィルムが公開当時のスタイルのままに上映されるという点。(ニュープリントだからもちろん画面は明るくて見やすいが。)今回の『ベン・ハー』ではその愉しさを特に強く味わうことができた。上映が始まるといきなり真っ黒な銀幕に「序曲」という二文字だけが映し出され、あの有名なフレーズの曲が延々6分間にわたってフル演奏される。下には1分ごとに「あと○○分で始まります」というテロップが時々でるが、それ以外はただひたすら黒いスクリーンを眺めて音楽鑑賞しているだけ。でもそれが逆に新鮮でいいんだなあ。(笑)
 本篇が全部で3時間32分にもなる超大作なのだが、『ゴッドファーザー』の時と同じで、観ていても座り疲れもまったく感じない面白さ。しかしトイレだけは行きたいなあと思っていたら、2時間ほど過ぎたところで何とスクリーンに「休憩」の文字が。その後は「間奏」という文字が映って再びテーマ曲が流れ、10分間のトイレ休憩になった。休憩時間までちゃんと映画本編に組み込まれているあたりは、公開当時の雰囲気まで何となく想像できて思わず顔が綻んだ。この体験は家では味わえない愉しさだ。(中学生のころにテレビのロードショーで見たのだが、実際の上映がこんな風とだとは思いもしなかった。どうやら冒頭と休憩と終わりの黒スクリーンに音楽が流れるのは、当時の映画では一般的だったらしい。)
 
 折角なので中身にもちょっと触れておこう。
 名匠ウィリアム・ワイラーが監督して1959年に制作された映画で、主演のチャールトン・ヘストンは本作で一躍大スターの仲間入りを果たした。アカデミー賞歴代最多の11部門受賞という記録はその後も破られてはいない。(『タイタニック』と『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』でもタイ記録)
 原作はアメリカの作家ルー・ウォーレスが1880年に発表したベストセラー小説であり、ローマ帝政時代のエルサレムの人々がみんな英語を喋っているというのも思えば変な光景だが、元が荒唐無稽なエンタメ小説なのでいちいち目くじらたてる必要はないだろう。
 物語はみなさん良くご存じの内容だろうが、エルサレムに住むユダヤ王族のジュダ=ベン・ハーが、(幼馴染みである)ローマ人司令官・メッサーラの陥穽によって家も名誉も奪われて奴隷にされた後、数奇な運命によって復活を遂げ復讐を果たすというもの。中学生の時に見た記憶では、イエス・キリストの奇跡によりベン・ハーたちが救われるというラストに対して、実はあまりにも唐突という印象をもっていた。
 今回大人になって初めて見返したわけだが、おかげで長年の疑問が氷解した。いやー、観てよかった。なぜなら、タイトルバックにいきなり現れる副題が「キリストの物語」なんだもの。あくまでもキリストの誕生から処刑までが映画の主題だったのだ。ベン・ハーの数奇な運命を巡る物語は、娯楽映画として成立させる上でのエンタテイメントの部分を担っているだけと言う訳。(多分こんなことは映画ファンには当たり前のことと思う。往年の名画に再入門している素人の感想と思ってご勘弁いただきたい。)

 そう思ってみていると冒頭から「ヒント」はごろごろ転がっていた。ローマ帝国によってエルサレムに強制帰還される民衆のなかにヨゼフとマリアの夫婦がいるシーンとか、馬小屋でイエスが生まれたときにベツレヘムの星が三博士を導くシーンとか、キリスト教文化圏の人ならだれでも常識として知っているシーンが目白押し。途中でも「山上の垂訓」だとか「大工の息子のラビ」だとか、ラストに向けての布石は随所に挟み込まれている。単に中学生の自分が無知なだけだったのだろう。(^_^;)
 はからずも先日読んだ『新訳聖書Ⅰ』がこの映画を見る上での予習になっており、細部まで聖書の記述通りの設定がなされていることなど、余さず理解することができたのはとても幸いだった。
 例えばイエスがゴルゴダの丘に連れて行かれるときのシーンでは、十字架を背負えないほど身体が弱った彼の代わりに、ローマ兵士がたまたまそこにいたキレネ人に十字架をもたせるシーンなど、何でもない描写まで全て聖書のエピソードの通りなのが判り、おかげでより愉しむことができた。

 改めて感心したのは演出のうまさ。本作にとってもっとも大切なキリスト登場のシーンも、あくまで主人公のベン・ハーの眼を通して語られるだけであり、遠景か後ろ姿でしか登場しない。露出をすごく抑えることで、逆にイエスの崇高性と神秘性を高めることに成功している。こんなにスマートな形でしかも面白い宗教映画をつくるなんて、アチラの映画人はセンスあるなあ。仏教で言えば(立場はまるっきり正反対になるが、)ダイバダッタを主人公にして映画をとったような感じか。宗教エンタメの出来としては、対抗できるのは手塚治虫の『ブッダ』くらいしかないかも?

 もちろん競技場での競馬レースなど、映画史に残るスペクタクルシーンも大変に素晴らしい。(ガレー船による海戦のシーンはさすがに模型っぽさが否めないが、船内の様子や甲板での戦闘シーンなどは迫力満点。)
 こんな映画は今では絶対に作れないだろうな。CGを駆使すればもっとリアルな映像は幾らでも撮れるだろうが、巨大なセットと多くのエキストラを動員した「ホンモノ」の迫力や、ここまで開けっ広げな愛と平和と人間賛歌は、今の時代では絶対にむり。良いところも悪いところも全てひっくるめて、古き良きハリウッド映画のお手本のような作品だな、これは。
 やっぱり古典と呼ばれるものは(大人になってからでもいいから)一度目を通しておくべき ―― そんなことを考えながら映画館から帰ってきたのだった。

<追記>
 この文章を書いてから、来年の「午前十時の映画祭」の上映リストが公開になった。『ブラザー・サン シスター・ムーン』や『ロビンとマリアン』はダメだったが、どうやら『汚れなき悪戯』は公開されるらしい! これは見に行かなくては。(他にも『ダーティハリー』や『フレンチ・コネクション』『荒野の七人』『M★A★S★H』など、大スクリーンでもう一度観たいものが沢山。少なくとも来年までは、今年と同様に愉しめそうだ。)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
カテゴリ
プロフィール

舞狂小鬼

Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

最新トラックバック
FC2カウンター
最新コメント
リンク
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR