『泥棒日記』 ジャン・ジュネ 新潮文庫

 著者は日本で言えば『塀の中の懲りない面々』を書いた安部譲二のような人。(ただしもっと文学的だが。/笑)小さい頃に親に捨てられて孤児院で育ち、窃盗を繰り返して無期懲役の判決を受けて服役中に書いた小説が絶賛されたという変わり種。本書はその“泥棒作家”が書いた自伝的な小説である。中身は『泥棒日記』というより『男色日記』と名付けた方がいいくらい同性愛の描写が延々とつづく。本人もそれは自覚していて、「男色」「泥棒」「裏切り」の3つが本書のテーマであると言いきっている。但し(本人の性格もあろうが)暴力的ではないため「暴力と聖性」といった方には話は進まない。乞食や盗み、仲間の裏切りといった反社会性が中心で、「反社会性による異化作用を通じた聖性」と言った方が良い。

 不潔で卑劣で恥辱にまみれた犯罪者、社会の底辺で虐げられている者たちであるが故に逆に「高貴」である、そんな逆説を主張することで文学的な普遍性を持つことに成功している。具体的には自分の犯した罪を(心を高揚させる)「冒険」と表現するなど。また男色についてだが、昨今の日本では新宿2丁目ゆかりの人達がテレビで活躍したり、カミングアウトする人も多いので珍しくもないが、発表当時はとんでもなく反社会的行為で衝撃も大きかったはず。
 色んな読み方ができる本だと思うが、とりあえず思いついたのは心理学的な見方と文化人類学的な見方だ。まず心理学的な見方からいくと、著者はモロに「反社会性パーソナリティ障害」の典型のような人物であるといえる。この障害は周囲から愛情を受ける事なく虐待を受けて育った人が、自己を守るために身につける(場合がある)性向であって、人を信頼するとか自分を慈しみ大切にするとかいった、精神的な成長がされないまま大人になってしまったのが原因と考えられる。親しくなればなるほどに裏切らざるを得なくなるという心理描写は、まさに心理学の教科書にでも載っていそうな事例。
 もうひとつの文化人類学的な見方というのは、山口昌男らによって述べられていた“カーニバルの王”。乞食/犯罪者/娼婦/女衒(ぜげん)といった、普段は一般社会から除け者にされている人々が、祝祭の時だけは一日限りの王となれる風習が各地に伝わっている。 ――これは頭の中に次のような図を思い浮かべると判りやすいかな。
 まず底辺を下にした正三角形をおく。次にその正三角形の底辺を使って、下側にも上下反対に正三角形を描く。これで真ん中に一本の線を引いた菱形ができる。真ん中の線を一般市民の社会的な地位だとすると、上方向に行くほど地位が上がることになり、封建社会においては最上位の頂点が王(小さな社会では領主)ということになる。喩えるなら「ヒエラルキーのピラミッド」とでもいえるかも。
次いで下側のピラミッドだが、下方向に向かうほどに生活レベルは下がっていく社会的弱者の逆ピラミッドになる。もしも真ん中の線で菱形を二つに折り曲げることができたとしたら、もっとも虐げられた存在である最下点の者が、記号の正負を入れ替えるようにして、最上位の王の位置と重なり合うことになる。記号の正負の意味がなくなる瞬間は、非日常的な空間において一時的に実現される。これがすなわちカーニバルの時というわけだ。(以上、いかにも山口昌男が好きそうな話題。/笑)
日常的な価値観を転覆させることで、マンネリ化した社会に再び活気を取り戻して新生できるという不思議。ジュネはこの構図を(経験的にか?)良く理解していて、まるで彼の人生は社会的な階梯を負の方向に“登る”ことをひたすら求めているようである。信頼の代わりに裏切りを、異性との愛の代わりに同性との愛を、そして労働の代わりに犯罪を。――彼は自ら「罪」に値する人間であることを求めている。「怪物的な例外」であること、それが彼の“美学”であり“人生哲学”であるらしい。
 やがて彼は無期懲役という状況から文学者として名乗りを上げ、やがて恩赦による釈放と社会的&経済的な成功を手に入れるという、(こちらもまた人文系の学問の教科書にでも載りそうなほど)見事に立場の逆転を果たした訳だ。

 主人公は自分にとって全く共感できないタイプの人間であるが、刺激という意味ではこれほど刺激的な本もなかった。石川淳、三島由紀夫、坂口安吾といった一種へそまがりな作家たちがこぞって絶賛したのも、むベなるかなといったところ。

<追記>
 澁澤龍彦の「ジャン・ジュネ論」によれば、彼の代表作である『花のノートルダム』や『ブレストの乱暴者』といった作品においても、本書と同様に男色と犯罪がテーマとのこと。だとしたら取り敢えずジュネはこの一冊くらいでいいや。この手の趣味は自分にはないので、続けて何冊も読んだら「お気らく」ではなく「修行」になってしまいそうだ。(笑)
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