『ヴァリス』 P・K・ディック サンリオSF文庫

 ディックの神学2部作の1冊であり、ディックのカルト作家としての地位を不動にした有名な問題作。小説としては完全に破たんしていて、物語の筋は有ってなきがごとしなので、普通にあらすじを紹介しても全く面白くないと思う。中で開陳されている膨大な神秘思想の知識を愉しむという読み方もあって、それはそれでとっても面白いのだが、おそらく読者を選ぶ。興味が無い人は苦痛以外の何物でもないだろう。
 なので、思い切って『ヴァリス』の世界観みたいなものを判りやすくする、見取り図みたいなものを考えてみた。

「生・老・病・死」すなわち生きる事がつらい時に、人は色んな方法を考えてきた。選択肢は大きく分けて3つある。 
(1)誰かが助けてくれるのにすがる ⇒例:神(超越者)への信仰
(2)自力で何とかしようと頑張る  ⇒例:仏教やニーチェの超人思想
(3)こんなものだと諦めてしまう  ⇒例:ニヒリズム(虚無思想)
この中で(2)(3)は本書では殆ど関係してこないので省略して、(1)について考える。(1)の方法を選んだ場合は、更に選択肢があって、神を a)「完全なる神」と考えるか b)「不完全な神」と考えるかで変わってくる。
 a)の「完全な神」を選ぶと、自分が不幸な理由は次の2つが考えられる。
  a-1) 何か理由があってわざと試練を与えている ⇒ユダヤ教のような選民思想
  a-2) 何か理由があって、害を与える存在を黙認している。⇒キリスト教

 b)を選んだ場合は次の2つ。
  b-1) 悪の行為に気付いてはいるが神の力不足により、悪から守りきれない
  b-2) 悪の行為を全ては認識しきれていない。気付いたら助けてくれる。

 本書『ヴァリス』でホースラヴァー・ファットが考えたことは、概ね b-2)の立場といえる。正確に言うと悪の行為をなすものは「創造の神」と名付けられていて、この世を作った張本人なのだが、不完全であるが故に悪をなしてしまう存在である。キリスト教で一般にイメージされるような「悪魔」ではなく、いわば「邪悪な神」であって、<帝国>などとも呼ばれている。それに対して善の側は「真の神」と呼ばれており、創造の神とは双子として生成されたという設定。このあたり、正統的なキリスト教の教えから大きく外れ、グノーシス主義とも共通するディック独自の異端思想が花開いている。このアイデアで面白いのは、この世は基本的に歪んでいて、そこに正しい世界を作ろうと善なる神が侵入しようとしていると考えている点だろう。(これが神学2作目の『聖なる侵入』へとつながる。)
 話をややこしくしているは、この設定自体を頭の狂ったファットが考えた妄想なのか真実なのか判らないようにぼかしてある事と、物語の語り手がファットの頭の中にいる「私」という存在(二重人格?)であって、彼はファットを完全な狂人として認識している点。その通りに読むと、本書は「自分の気がくるっていることを知っている狂人が、妄想と知りつつこの世の真実を探求する物語」ということになってしまう。(さっぱりわからん/笑)
 なおかつ主人公のホースラヴァー・ファットはディックの分身であって、前半でも幾つか思わせぶりに書かれているところはあったが、後半に至ってファットは遂に消滅し、ディック本人が主人公になる。したがって本書自体をディックの妄想として読むというメタフィクショナルな愉しみ方もできる訳だ。もしも夢野久作が自分自身を主人公にして『ドグラ・マグラ』を書いたとしたら、きっとこんな感じになったのではないだろうか。
 ディック本人が登場する後半からは、実は神は存在せず時空を超えた人間(?)しか存在しないだの、「VALIS(=神の如き能力をもつ人工物で“巨大にして能動的な生ける情報システム”の頭文字をとったもの)」を説明する2歳児の救世主(メシア)の登場だの、物語はますます混迷の度合いを深めていく。(と、ここまで書いて初めて気が付いたのだが、本書はもしかしたら「アンチSF」なのかな? そんなこと今まで全然考えたこともなかったが。)

 学生時代にリアルタイムで読んだ時は何だか訳わからなくてつまらん話だと(笑)思ったものだが、今回読み返したところ、(面白いかどうかは別として/笑)ちょっと印象が変わった。“神学を題材にしたヴォネガット”みたいな感じがしたのだが何故だろうか。自分で自分のことを突き放して描写しているところなんか、ちょっと諦観も混じったりしてユーモアさえ感じてしまったのだ。
 年取って人生経験を積んだ分、人に対して前よりも優しくなれたということかなあ?(笑)
 なお自分が読んだサンリオ文庫版は現在は絶版だが、表紙イラストまで同じで創元SF文庫から復刊されているので興味がある人はどうぞ。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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