『コインロッカー・ベイビーズ(上・下)』 村上龍 講談社文庫

 このところ少し「小説づいて」いる。こういうときは無理に学術書に手を伸ばしたりしない。そのうち飽きてくればまた違う分野のものを読みたくなるから、それまでは流れに任せて好きな物語を片っ端から読んでいくに限る。
 というわけで、村上龍に前から興味はあったのだが何となく手付かずでいたので、今回が丁度いい機会とばかりに初めて読んでみた。最初に読むならコレと決めていたのは本書『コインロッカー・ベイビーズ』。

 読んでみての第一印象は、小説なのに会話が少なくて“地”の文が多いということ。ページ内には余白が少なく、びっしりと埋まっている感じ。最近の小説は会話が多くてページの下に余白が目立つので、こういうのはいい意味で「読みごたえ」がある。ストーリーについては今さらあれこれ書かないが、印象を他の作家・作品で喩えると国内作家なら舞城王太郎(『煙か土か食い物』『暗闇の中で子供』など)や花村萬月(『ゲルマニウムの夜』など)、海外ならハーラン・エリスン(「少年と犬」など)あたりに近いかな? 過剰なまでのバイオレンス描写は、つい先日、映画館の大スクリーンでリバイバル上映を見た『ゴッドファーザー』とか北野タケシの諸作品(みてないけど/笑)にも通じる気も。1980年の出版ということだが、当時リアルタイムで読んでいたら、きっとかなりショックを受けただろうなあ。ある種の“毒”を持った小説に、まだそれほど免疫を持ってなかった頃だから。
 日常生活とは別の“リアルな世界”を垣間見るという点では、いとうせいこうの『ノーライフキング』や高橋源一郎の『さようなら、ギャングたち』『ジョン・レノン対火星人』などの作品にも近い感じもする。(あんまり深くは比較していない直感だけど。)
なにしろ出てくる登場人物がだれひとりまともな精神状態じゃないというのが凄い。 本書を読んでいる間中、筋肉少女帯の大槻ケンジの声で『これでいいのだ』とか『詩人オウムの世界』、『ペテン師、新月の夜に死す!』なんかが頭の中に鳴り響いていたぞ。(笑)

<追記>
 今回は新装版ではなくあえて旧版を探してきて読んだ。理由は表紙に使われている画家・小山佐敏の絵が前から好きだったから。実はこの絵、1979年のシェル美術館賞の展示会で実物を一目見たときから気に入っていたんだよね。そしたら暫くして村上龍の新刊の表紙として本屋に並んだという訳。無数の小さなビル群が大きなキャンパス一杯に描かれるその画風は、本書のイメージにぴったり。何で新装版では替えてしまったんだろう?
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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