『街場のメディア論』  内田樹 光文社新書

 とうとう遂に「内田樹デビュー」をしてしまった。大量に出ているので「もしも面白かったらどうしよう、財布がもたないかも(笑)」と手を出さずに居たが、ある人から薦められてとうとう手をつけてしまった。
 その結果 ―やっぱり面白かった。ただ、全部の著作を続けて買い揃えるところまでは行かずに済みそうなので、少しホッとした。(その理由は後ほど。)
 内田樹の面白さがどこからくるのか自分なりにつらつら考えたことを、ちょっと書き留めておきたい。

 誰だったかナ?内田樹を「おじさん的」と評した人がいた。その意味は、極めて真っ当な意見をてらいなく表明できるところで、そんなところが好感をもって受け入れられているのだという。本書を読んでたしかに納得がいった。あたまの中で漠然と感じていたモヤモヤを言葉にしてくれるので、読んでいて「うん、そうそう」という爽快感がある。
 惜しむらくは、(本書に限ってかもしれないが)「えっそうだったのか!」という驚きをそれ程は感じなかった点。理由はおそらくはっきりしていて、本書のもとになったのが大学2年生の「娘っこたち(失礼!)」に向けた講義録だから。彼女らにもよくわかるように噛み砕いて説明しているせいか、分りやすさは抜群で内容が頭の中にスーッと入ってくる。
 でも、個人的にはもっと読みづらくて良いから、この人が「本気」を出した本をじっくり腰を据えて読んでみたい ―なんて、(ちょっと意地悪く)考えたりして。(笑)

 内容にも一応触れておこう。
 本書は前半がテレビや新聞といったマスコミが何故これ程までに凋落してしまったかの考察で、後半が出版不況と言われて久しい出版業界についての考察。いずれも話の切り口が面白い。

 まず前半のマスコミについてだが、語り口調なので言っていることはわかりやすいが、論調は結構辛辣。(マスコミ志望の学生を対象にしたゼミだから、今のうちに甘い考えを捨てさせようというオヤゴコロか?)
 内田は凋落の原因については、一言で言えば「信用してもらえなくなったから」と捉えているようだ。ではなぜマスコミの発言が信用されなくなってしまったかというと、基本的には自業自得。
 報道とは事実をある視点で切り取って周知する行動であるため、(いみじくもフーコーが述べているように、)そこにはある種の「押し付け(=権力)」が発生せざるをえないはず。“偏向報道”という表現もあるが、もとより“報道”とは程度の差はあれ偏向しているものなのだ。したがってマスコミに出来ることは、視点をいかに“中立”に近づけるか、もしくは自分の立ち位置を表明したうえで意見を述べるかのどちらかの選択しかない。(でも、この“中立”というのが曲者で、絶対的な基準など存在しないため極論を言えば多数決や平均値をとるしか方法はない。)報道に携わるものの務めとして、せめてそのことを常に自戒しておくべきだろう。
 しかるに今のマスコミはどうか? 内田の意見は手厳しい。
 マスコミがしていることといえば「世論」や「国民の声」という表現で社会的に強い立場である(と彼らが考えている)ものを一方的に糾弾し、ヒステリックに「王様は裸だ!」と叫び続けるだけ。でもそこに述べられている「国民」という存在の実態は、果たしてどこにあるというのか? 何かというとすぐに錦の御旗のように「国民」という言葉を引っ張り出すが、その実、単に都合のいい隠れ蓑として利用しているに過ぎないのではないか? というのがその主旨。

 この内田の話を読んで頭に浮かんだのは、連合赤軍など昔の過激派の記憶だった。彼らもすぐ「人民の為の革命」とか「ブルジョアに支配された社会を人民の手に」とか言ってたけど、そこで述べられている「人民」とは、彼らの肥大した頭の中にしか存在しない架空の存在、つまり「観念」でしかなかった。(ここいら辺の話は笠井潔の『テロルの現象学』に詳しい。)それが行き着く先は、カンボジアのポル・ポト政権の事例を持ちだすまでもなく(*)、「民主主義」とか「人民共和国」という言葉を名前につけているどこかの国が、自国内で何をしているか見ればすぐわかる。

   *…当時は小学生だったので良く知らなかったが、その後、映画館で
     『キリング・フィールド』という映画を見てびっくり。
     (キリング・フィールド=殺戮地帯という意味ね。)

 話を戻そう。もしも「権力」を行使しようとするなら、その人の立ち位置が明確でなければいけない。自分の考えを他の人に表明して説得したいのなら、せめて本人の立場を明確にすべきだろう。だってその人の意見が「正しい」なんて誰にもわからないのだから。
 正義や倫理というものの扱いが厄介なのは、そもそも人によって基準が違うものだという点。「正しさ」なんて国や文化、時代によっていくらでも変わる相対的なものでしかないんだよね。極端な話、人を殺すのがいけないというのも現代だから言えることであって、古代社会では悪いことではなかった。(だから人を殺しても構わないと言っている訳ではない。/笑)
 だからこそ「国民」とか「世論」なんていう言葉を安易に使って、匿名で自分の「正義」を押し付ける今のマスコミはおかしいと内田は述べている。マスコミが凋落したのは、その論調がおかしいことに皆が少しずつ気付き始めたからなのだ。ネットで色んな意見が飛び交う世の中なのに、他の声には耳も貸さず「これが国民の考えだ!」と声だかに主張しても、実は単なる“おためごかし”に過ぎない。 ――これすなわち「王様は裸だ」と言った自分達こそが裸だったと言うことに他ならない。

 以上が本書前半についての話。小難しくなってしまったが、うってかわって後半は自分の好きな「本」を巡る話にうつる。

 「本が売れなくなった」とか「ベストセラーが出なくなった」とか出版業界の不況が言われて久しいが、(ビジネスとしてはともかく)「本」自体はまだまだ捨てたもんじゃないよ、というのが本書における内田の大まかな意見。前半に書かれたマスコミへの厳しい論調とは違って、行間に何となく優しさみたいなものが感じられるのは、きっと本に対する著者の強い愛着があるからだろう。
 旬の話題である電子書籍についても述べられているが、この件について「本棚論」から切り込んだのは初めてで面白かった。内田によれば、世の中には「今、読みたい本」「当面読まないが、いつか読むべき本」「読んでいると思われたい本」の3種類が存在するのだとか。(もっともこの内田の意見については異論がある。本を勉強の為の手段としか見ていないのは、「全ての読書は愉しみの為」という”活字快楽原理主義者”を標榜している自分としては納得がいかない。)
 また、「積ん読」が目のコヤシだという主張については大いに納得。ただし著者の言うように無言のプレッシャーにはならず、自分にとっては「まだこんなに読むモノがある」という嬉しさだけど。(まあ、こういう人間も世の中には居るんだということ。/笑)

 出版を書き手から読者への「贈与」という切り口で語ったのも面白かった。出版をビジネス(もしくは文化)という”事業”として論じたものはよく見るが、書き手の視点で述べたものを読むのは初めだった。(ちなみに読み手の立場からの意見もあまり見かけたことは無いが、それについては自分なりの意見を、『電子書籍について』という題名で以前ブログ内にまとめてみた。)

 ところで先程「全部の著作を続けて買い揃えるところまでは行かずに済みそう」と書いたが、そろそろその訳を明かそう。実は本書があまりにもサクサク読めてしまった為だ。分かりやすさを身上とする著者なだけに、内田樹には新書や文庫でのベストセラーがとても多い。本書も書いてある内容こそ真面目なテーマであって、著者の考察の基になっている知識も(おそらく)かなりしっかりしたものだと推測されるが、書きっぷりは言いたいことをかなり抑えている感じがして、まるでダイジェスト版という雰囲気さえ感じられる部分もある。念のために別の著作も本屋で何冊か手にとってページ数をみてみたところ、(いつものペースで読んでしまうと)1冊あたり2時間程度で読めてしまう計算になることが分かった。つまり自分にとっては大変にコストパフォーマンスが悪いので、そんなに立て続けには読めないということ。(笑)
 これからはきっと、ボチボチと読んでいくことになるんだと思う。なんにせよ、読みたい人が一人増えたというのはめでたい事だ。
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内田先生・本気の本

はじめまして(^^

内田先生の本気の本でしたら。
文庫化されているのが、2冊ありますよ(^^

レヴィナスと愛の現象学
他者と死者ーラカンによるレヴィナス

双方、文春文庫

私は、1冊目・最初の辺りで、放り投げてしまいましたが…(^^;
(また、体力ある時、挑戦したいと思います 笑)


よかったら、感想聞かせて下さいね。

浅野さま

はじめまして。
ご訪問ならびにコメントありがとうございます。(^^)

実はこの記事のあとで、
「タツルペーパー」なる小冊子が店頭で配られていたのを見つけ、
氏の専門がエマニュエル・レヴィナスである事を知りました。
(そのあたりのことは『寝ながら学べる構造主義』の記事の
<追記>に書きましたので宜しければw。)

そうなんですよねー。
難解で知られるレヴィナスはちょっと厳しいかなー(笑)。

私も身体の調子が良い時を見計らって挑戦します。
宜しければまたお越しくださいね。(^^)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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