『翻訳ミステリー大賞シンジケート名古屋読書会/第15回』

  ※ハラルト・ギルバース『ゲルマニア』の中身に触れています。未読の方はご注意下さい。

 昨日10月24日に開催されたミステリー読書会に参加してきた。課題本は第二次大戦下のドイツを舞台にした戦時ミステリ『ゲルマニア』(集英社文庫)。前回の『シャイニング』に続いてちょっとヘビーな題材だったせいか、割と読むのに苦労した人が多かったようだ。(笑)詳しくは翻訳ミステリー大賞シンジケートのホームページに公式レポートが出されるのでそちらを参照していただくとして、とりあえず速報としてご報告致しましょう。

 今回の目玉は何と言ってもSkypeをつかった千葉読書会との合同開催だったということ。会場に到着すると既に奥には大きなスクリーンが出してあって、世話人の大矢博子氏が画面を見ながら何やらやりとりをしている。初めての試みなのでトラブルもあって大変だったようだが、なんとか時間までには準備ができたようで、予定通り14:00からの開催となった。
 最初に大矢氏から今日のスケジュールについての説明があった。いつものように初めは3つに分かれてのグループディスカッション。その後は全グループのホワイトボードを一か所に集めて、全員によるディスカッションという段取りもいつもと変わらない。今回違うのはそのあとで、休憩時間にお互いの会場の間で取り交わした板書の内容をもとに、質問をぶつけ合うという流れになるとのこと。しかも名古屋会場には出版社から『ゲルマニア』編集担当のS氏が、千葉会場にはドイツミステリ案内人として有名なマライ・メントライン氏や『ゲルマニア』の歴史考証を受け持った神島大輔氏がそれぞれ参加しているとあって、いやがおうにも期待は高まる。しかし慌てないでまずはいつもの読書会からスタート。

 自分が参加したM班は11名で、まずは簡単な自己紹介とそれぞれが読んだ感想を順に述べていく。読みにくいかと思っていたがサクサク読めたという意見や、歴史者が好きなのでとても面白かったという意見が続いたが、やはりナチスの組織の複雑な力関係やヒエラルキーを理解するのに少し時間がかかったようだ。(自分も現代史や戦争物には詳しくないので、そのあたりにはちょっと苦労した。)そんな中でK氏から出たのが「全然自分の趣味ではなく面白くなかった」という意見。がぜん興味が湧いてきて、「おおっ」と身を乗り出す。話を聞いているうちに分かってきたのは、氏が「ミステリとしての完成度」あるいは「登場人物の関係性」に焦点をあてて読まれていた方だということ。(正確にいうと「オッペンハイマーとフォーグラー大尉との間に“バディ的”な要素が読み取れる」という前情報があって、それを楽しみにしていたらしい。/笑)そういわれてみると確かに先ほどからの感想では、自分を含めて本書を「戦時下のベルリンとそこに住む人々」を描いた歴史小説として愉しんだ人が多い気がする。なるほどミステリ小説やキャラクター小説としての読み方はまた別にあるわけだ。そう思えば、K氏いわく「爆撃で二人が地下室に閉じ込められた場面(の人間臭い心の交流)が唯一面白かった」というのも、さもありなんという気がする。
 ここからはミステリ小説としての出来についての話が多く出た。たとえば「ナチス将校がわざわざユダヤ人の元警官に事件捜査を指示する理由がいまいち納得できない(弱い)」とか、「なぜ何万人という人が戦争で無益に死んでいく横で、猟奇殺人とはいえわずか数人の犠牲者しか出ていない事件にここまで拘泥するのか?」など、小説としての骨格について厳しい意見が続く。「なぜ犯人が猟奇犯罪に走ったのかもよくわからない」というのもあった。切り取られた腕が鉤十字の形にされて放置されているシーンなんて、結構よく出来ていると思ったのだけどなあ。総じていうと「歴史小説としてはとてもよく調べて書かれていて面白いが、ミステリとしては犯罪動機や犯人捜査の過程に必然性が薄く、キャラクター設定にも不満な点があるので微妙な出来」という感じだろうか。皆さんなかなか手厳しい。(笑)(*)

   *…自分はこの作品をかなり愉しめた方だったので、皆さんの意見は結構新鮮
      だった。自分がどう読んだかについては、詳しくは後ほど触れることにしたい。

 ちなみにキャラについての不満というのは、主人公オッペンハイマーがあまりにも奥さんのリザに対して冷たい点と(例えば自分だけサンドイッチをぱくついて、家に帰ってからもまた食事を食べるとか/苦笑)、国防軍の「点子ちゃんとアントン」ことリュットケ&バウアーが、あまりにも無能に描かれていた点。(通常の戦争物では国防軍はナチスに敵対する切れ者の集団として格好よく描かれることが多いらしい。知らなかった。)それでも後半の徐々に犯人が絞り込まれていくあたりとか、ヒトラーユーゲントの少年らに取り囲まれるシーンなどはとてもよく出来ているという意見が出た。また、例えばレコードとかペルビチン錠(ヒロポン)などといった小道具の使い方が上手いというのは皆さん同意見だったようだ。
 なかなか興味深い疑問点もでた。「最後のシーンでフォーグラーから青酸カリを渡されたオッペンハイマーが、それを“希望”としてとらえていたが、はたしてユダヤ教では自殺は認められているのか?」とか、あるいは「当時ベルリンに住んでいたユダヤ人は自分達が“疎開”した先に「ガス室」が待っていると本当に知っていたのか?」など。このあたりは後で千葉とのやりとりで質問としてぶつけてみることにした。
 わがM班では『ベルリン・ダイヤリー』などの参考図書をたくさん読まれている歴史好きのM・Y氏が司会をされたり、またリジー・コリンガム『戦争と飢餓』を訳されたKY氏が参加されていたこともあって、歴史小説としての面白さを色々伺うことが出来たのは収穫だったと思う。ナチスの党章がドイツで「カニ(蟹)」と秘かに呼ばれていた(256ページ)とか、これからの生活にはあまり必要ないと思われる(笑)豆知識も仕入れることが出来たのはよかった。(モズクガニの爪に似ているからという理由らしいが、どうみてもそのようには見えない。結局のところドイツの人のセンスはよく解らんという話になった。)

 グループディスカッションでひと通り意見が出たところで、次はイスを並べ直して全員でのディスカッションに。他のグループの板書をみたところ、よく似た意見が多かったようだ。その中から気になった発言について質問と意見交換が進む。自分がなるほどと思ったのは、ラストが投げっぱなしだったというコメント。オッペンハイマーとリザははたして国外へ脱出することが出来たのか?フォーグラーは西部戦線に行って死んでしまうのか?あの人物は本当に真犯人だったのか?など、全てが曖昧なまま放り出されているのが何ともおさまりがわるいというのは、自分はあまり気にならなかっただけに以前聞いた「ミステリファンは決着を付けたがる」という言葉が思い出されて面白い。
 と、ここで本書『ゲルマニア』の編集担当S氏から耳寄りな情報が発表された。実は本書の続篇がドイツでは既に刊行されていて、日本でも出版される見込みというのだ。しかも3部作の構想があるらしい。会場がどよめく。そうか、この曖昧な終わり方はそのあたりの伏線であったというわけか!(違ったりして。/笑)
 他には「登場人物の外観の描写が乏しかったので頭の中で補正をかけながら読んだ」とか、あるいは「イメージが浮べにくいので人物同士の関係性にばかり重点を置いて読んだ」とか、「無駄な描写が多くて伏線と勘違いした」とか、デビュー作であるが故の苦労と工夫を皆さん色々とされていたようだ。「事情を知っている人/知らない人」「ナチス/ユダヤ」といった各種の対立構造が頻出していて読ませるといった、なかなか鋭い意見もでていた。それにしても大矢氏のコメントは相変わらず愉しい。いわく「フォーグラーは友達がいないので、オッペンハイマーに親切にしようとしても加減がわからずヒロポン1000錠を渡したのではないか」など、場内が何度も爆笑に包まれていた。

 さて、残り時間が35分となったところで、いよいよ千葉会場と回線をつなぐことに。特にトラブルも無くうまく時間通りに接続がなされ、スクリーンに千葉読書会の世話人である翻訳家・高山真由美氏の顔が映った。こちらからは予め予定していた質問(「ナチス内部組織の対立構造ってどんなふう?」「ユダヤ人は自分たちの同胞が“ガス室”に送られていることを知っていた?」など)をぶつけ、先述のマライ・メントライン氏と神島大輔氏から丁寧に答えていただく形になった。(**)

  **…国防軍とSSは互いに似たような組織を作って張り合っていたとか、部局内でも
      ユダヤ人の扱いに対する見解はバラバラで、奴隷化すべきという意見や抹殺
      すべきという意見が入り乱れていたとのこと。またユダヤ人は噂としてガス室の
      惨状を知ってはいたが、あまりの話なので信じようとしない人も多かったそうだ。

 また会場からの追加質問に関連して、「ドイツでは鉤十字を本の表紙などに使う事は法律で禁じられているが、日本でナチスを題材にした本が出ると必ず鉤十字が表紙に載る」というメントライン氏の指摘があり、云われてみればなるほど、目から鱗だった。他にもいくつかやりとりがあったのだが、きりがないのでこれくらいで。詳しくは公式レポートに譲ることとしよう。
 最後には先ほどの編集担当S氏から「次回作は1945年1月が舞台。オッペンハイマーが窮地に陥ったヒルダを救おうと奔走する話。フォーグラーが出てくるか調べてみたところ○○○」という衝撃の事実が伝えられ、両会場が大きなどよめきに包まれたところで時間となった。
 恒例の「『ゲルマニア』の次に読むなら……」も時間がなくてホワイトボードを簡単に見せたくらいで終わってしまったので、備忘録として以下に書き写しておこう。(誤記などありましたらご指摘ください。)

【フィクション】
 『国王陛下の新人スパイ』スーザン・イーリア・マクニール
 『帰ってきたヒトラー』ティムール・ヴェルメシュ
 『ファージング』ジョー・ウォルトン
 『虜囚の都 巴里一九四二』J・R・ジェインズ
 『高い城の男』P・K・ディック
 『都市と都市』チャイナ・ミエヴィル
 『将軍たちの夜』ハンス ・ヘルムート・キルスト
 『狼殺し』クレイグ・トーマス
 『ブラジルから来た少年』アイラ・レヴィン
 『偽りの街』他《ベルリン3部作》フィリップ・カー
 『リトル・ドラマー・ガール』ジョン・ル・カレ
 『ユダヤ警官同盟』マイケル・シェイボン
 『雪の狼』グレン・ミード
 『夜歩く』J・D・カー
 『TOKYO YEAR ZERO』他《東京3部作》デイヴィッド・ピース
 『点子ちゃんとアントン』エーリヒ・ケストナー
 『双生児』C・プリースト
 『濡れた魚』フォルカー・クッチャー
 『沈黙を破る者』 メヒティルト・ボルマン
 『夜』エリ・ヴィーゼル
 『人喰いの時代』『ミステリ・オペラ』山田正紀
 『警視庁草紙』『明治十手架』山田風太郎
 『神の棘』 須賀しのぶ
 『ジョーカー・ゲーム』柳広司
 『ヒトラーの防具』帚木蓬生
 『相棒』五十嵐貴久
【ノンフィクション】
 『アンネの日記』 アンネ・フランク
 『ベルリン・ダイヤリー』 マリー・ヴァルシルチコフ
 『戦争と飢餓』リジー・コリンガム
 『秘密機関長の手記』ヴァルター・シェレンベルク
【漫画】
 『アドルフに告ぐ』 手塚治虫
 『蝶はここには住めない』 わたなべまさこ
 『光る風』 山上たつひこ
【映画】
 『ワルキューレ』
 『イングロリアス・バスターズ』
 『ヒトラー最後の12日間』

 読書会が終了したあとも、場所を移してビアホールでの立食形式による2次会でのおしゃべり、ビブリオバトルや初めての参加者の自己紹介といった愉しい企画、そして酔いつぶれて3次会でこんこんと寝続けるG氏や次回読書会の課題本選びが難航した話などまだまだ愉しい話題は尽きないのだが、それはまた別の機会で。とりあえずはこのあたりで筆を置くことにしよう。

<追記>
 自分の『ゲルマニア』に関するもともとの感想は別記事(10/18付)で書いたのでここでは繰り返さないが、今回読書会で気が付いたのは、同じグループにいたミステリ読みの方と自分との読み方の違いだった。一般的な話かどうかは分からないが、興味深かったので少し書いておきたい。自分はまず冒頭でゲルマニアの都市構想がでた瞬間、たとえば島田荘司『火刑都市』のように都市論を中心テーマに据えた物語が展開するのかと期待した。(結果的には都市論や思想的な話はそれで終わってしまったのだが。)それでも面白く読めたのは、ナチス体制化のドイツがいかに異様な世界であったかということが執拗に描かれていたからだと思う。まるでフィクションと見紛うような悪夢に満ちた世界で展開される極限状態での警官小説という設定そのものが、自分の一番お面白かった部分なのだ。ミステリとしての展開や謎解きに関する納得感、そしてキャラクターの造形といった部分は(極論をいえば)必須ではないということに気が付いたのは、グループの皆さんの感想、特に「不満に感じた点」を聞いたとき。結局のところ自分はSF小説のように設定を愉しむタイプなのかもしれない。
 それを踏まえた上で本書をどう楽しんだかについて。警察ミステリは本格ミステリとは違い、容疑者が特定されないところからスタートする。被害者との接点や現場に共通する特徴などから、地道で広範囲な調査で犯人を絞り込んでいくのが醍醐味となっている。しかるに本書は「ナチス支配下のユダヤ人元警官」という厳しい制限がかけられており、その中で行きずり殺人の犯人を捜査しなければならないわけだ。ディスカッションの中では「例えば高級娼婦の館など無駄なシーンが多い」という指摘もあったが、少なくともこのシーンに関しては、「車を自由に乗り回せる」という犯人を絞り込むため、酒類の配達という共通項を見つけ出す意味で必要だったと思う。(館の中の詳しい描写まで必要だったかについてはまた別。)またヒルデを訪問するシーンについても、「あんなに無駄に書きこまれているからヒルデが真犯人だと思った」という意見があったが、「ナチスによるユダヤ人差別」というある意味では限定されたテーマを、性差別というより幅広い差別を示すことで一般化するという役割を果たしているように自分は読んだ。もちろん読書に正解なんてないしどのように読んでも自由なわけで、色々な人の読み方を知るとこができるのは、いつも言っているように読書会の醍醐味といえるだろう。
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『ゲルマニア』 ハラルト・ギルバース 集英社文庫

 著者はこの作品がデビュー作。2014年にドイツで発表され、その年のフリードリヒ・グラウザー賞(ドイツ推理作家協会賞)の新人賞を受賞した話題作 ――と書いてはみたものの、実は本作のことは全く知らなかった。いつものごとく参加した名古屋ミステリー読書会で、次回の課題本として取り上げられたので何も考えず読んでみたところ、これが傑作だったというわけ。ネット書店でなく実際の本屋で本を買うのは、新しい本との思いがけない出会いがあるから......という話を以前書いたことがあるが、自分の得意な分野(例えばSFや幻想文学)ではない集まりに参加するのもまさにそれが理由のひとつ。今回は大当たりだった。
 物語は1944年のベルリンではじまる。敗戦の色濃いナチスドイツ政権下のベルリンで暮らす、元殺人課刑事のユダヤ人男性オッペンハイマー。彼はアーリア人の妻を持つおかげでかろうじて収容所送りを免れてはいるが、街では厳しい人種差別に曝されながら明日をも知れぬ毎日を送っている。そんな彼のもとにある日突然ナチス親衛隊(SS)からの招集があり、戦時下のベルリンで起きた戦慄すべき連続猟奇殺人事件の捜査を命じられる。果たして彼はナチスSSのフォーグラー大尉と協力して犯人を捕らえることが出来るのか? ナチス高官から命じられたタイムリミットは刻一刻と迫る......。
 まさに異色の警察小説といえるだろう。犯人を追いつめるまでのミステリとしての骨格もしっかりしているが、それより感心したのはナチスに生殺与奪の権利を握られたまま捜査を続ける主人公自身を巡る緊迫感だ。人としての尊厳や元刑事としての矜持といったオッペンハイマーの感じる葛藤は、『ナヴァロンの要塞』や『女王陛下のユリシーズ号』といった戦争を舞台にした冒険小説の面白さにも通じるものだろう。(もしも似たような設定をアジアで作るとしたら、ベトナム戦争下のサイゴンや金日成体制下の平壌あたりになるだろうか。)
 さらにフォーグラーとオッペンハイマーという立場の違う者同士の心の触れあいは、どことなくハードボイルドの“格好よさ”にも通じるものであるし、あらゆる差別に異を唱える反ナチスの女医ヒルデとオッペンハイマーのやりとりは、単なる「ナチスという異常集団による人種差別」に終わらせない広がりを感じさせて心強い。重く暗い内容であるにも関わらず、本書が読みやすくて読後感もすっきりしているのは、おそらくこのあたりに理由があるのではないだろうか。
 そして大事なのは、それらをしっかりと受け止めて物語のリアリティを支えているのが、「灯火管制下のベルリン」という極限状態を、まるでその場にいるかのように描く歴史小説としての迫力であるという点。全編を覆う重苦しい空気と緊迫感は序盤から紛れもない傑作の予感を感じさせて、ページをめくる手を止めることが出来なかった。ひさびさの一気読みである。そして読み進むうち心の中には、差別主義と偏狭なナショナリズムと、暴力や恐怖で人を思いのままにしようとする思想や体制への嫌悪感が強まってゆく。残念ながら現代史には詳しくないのだが(特に日本以外の国であればなおさら)、それでも綿密な取材に基づく街や人々の暮しの描写は、自分のような読者が読んでも迫真性を感じるに充分なものだった。この時代に詳しい人ならより一層愉しめるのではないだろうか。

 少し話は変わるが、本書の題名である「ゲルマニア」についても少しふれておきたい。自分は寡聞にして知らなかったのだが、この言葉は首都ベルリンがナチスによって新たな世界都市に改造された暁には、誇り高きゲルマン民族を讃える新たな呼称となるはずのものだったらしい。つまり物語の舞台である戦時下のベルリンを示す名前であるとともに、ナチスドイツの思い描いた理想を象徴するものでもあるのだ。そう考えるほどに題名のもつ皮肉な意味がじわじわと効いてくる。このような作品が戦後70年のドイツ本国で出版され、そして高く評価されたことに対して、ヨーロッパの人々がもつ(どこかの国とは違う)歴史認識の重みや文化的な余裕のようなものを感じてしまう。
先日C・プリースト『双生児』の記事でも少しふれたが、第2次世界大戦および「ファシズムとの戦い」について、枢軸国(独)の側から描いた本書『ゲルマニア』と連合国(英)の立場から描いた『双生児』を、“今この時期”に併せて読めたことは大きな意味があったかも知れない。これもまた読書の“マリアージュ”の一種と言えるのではないだろうか。名古屋ミステリー読書会の皆さんにはこのような作品を読む機会を与えて頂いたことに関して深く感謝を申し上げたい。近々ひらかれる予定の読書会が、今からとても愉しみでならない。

<追記>
 日本で本書に匹敵するようなミステリ作品には何かあるだろうかと考えていたら、山田正紀『人喰いの時代』や『ミステリ・オペラ ―宿命城殺人事件』などが頭に浮かんできた。あるいは山田風太郎の『警視庁草子』『明治十手架』といった“明治物”あたりもいい。いずれも史実と虚構をうまく取り混ぜながらミステリとしての仕掛けを施すことに成功している。両立はかなり難しいことと思うが、その分、上手く嵌ったときには大傑作が生まれるということかも知れない。まさに歴史ミステリおそるべしである。(笑)

『双生児(上・下)』 クリストファー・プリースト ハヤカワ文庫

 言葉の錬金術師C・プリーストが2002年に発表した代表作。同年の英国SF協会賞とアーサー・C・クラーク賞を受賞している。『魔法』や『奇術師』『夢幻諸島から』といった一連の作品と同様、どこまでが(小説世界の)現実でどこからが幻想なのか判らなくなってくるとても愉しい作品なのだが、2007年<プラチナ・ファンタジィ>の一冊としてハードカバーで刊行されてからは長らく入手困難になっていた。このたび文庫化されたのは非常に喜ばしいことだと思う。
 物語は1940年から41年にかけて、ドイツによる欧州侵略が激しさを増していた時代を中心に、ベルリンオリンピックで英国代表のボート競技選手だったジャック・L・ソウヤーとジョー・L・ソウヤーという一卵性双生児(いずれも“J・L・ソウヤー”と略される)が辿る数奇な運命を描く。本書の読みどころはこのふたりを巡る幻惑に満ちた展開の他、第2次世界大戦という現代史の中でも極めて重い出来事について、英国空軍爆撃機パイロットと良心的兵役拒否者にして赤十字職員という、二つの視点で描いた点にもある。本書がもしも読みづらいとすれば、日本の読者が欧州の読者ほどには欧州の歴史について明るくないことが理由に挙げられるかもしれない ――といえるほど、丹念に書きこまれた内容になっている。つい先日読み終えたばかりのハラルト・ギルバースの傑作ミステリ『ゲルマニア』(*)といい、戦後70年を経てこういった小説が手に入ることをあらためて素直に喜ぶとともに、エンタテイメントの分野でも負の歴史を真正面から取り上げてこれほどの作品をものにしてしまうところに、ヨーロッパ文化の底力のようなものを感じてしまう。

   *…1944年のナチス政権下におけるベルリンを舞台に、アーリア人の妻を
      持つため収容所送りを危うくまぬがれてひっそりと暮らす元殺人課刑事
      オッペンハイマー。ところがある日突然、彼のもとにナチスSSから猟奇
      連続殺人事件の捜査が命じられるという物語。異色の警察小説という
      側面の他、明日をも知れぬ運命のなか懸命に捜査を続ける主人公の
      警官としての矜持を描く冒険小説としての側面に加え、ナチスドイツの
      恐怖による支配のおぞましさを描いた歴史小説としての側面も持つ。
      これまた胸が熱くなる傑作だった。

 大きくはジャックの視点で描かれたパート(上巻)とジョーの視点で描かれたパート(下巻)の二つに分かれるが、さらにその外側には彼らを題材にしようとする歴史作家スチューワート・グラットンのパートがある。最初のうちは馴染みのない欧州大戦秘話のような展開で戸惑うかもしれないが、注意深く読んでいくとところどころで「ん?」と思う瞬間があり、やがて下巻に至って物語はその全貌を明らかにしていく。(ただしそれで物語の仕掛けのすべてが解るわけではなく、読者はさらに煙に巻かれていくわけだが/笑)
 ジーン・ウルフと並び称されるSF界の技巧派プリーストの技の冴えが堪能できる傑作だった。慣れていない人にはちょっととっつきにくいかも知れないが、もしも一読して解らなければ再読・三読に耐えうる作品なので、メモを取りながら何度もトライしてみるのも良いのではないだろうか。それでもピンとこなければ、巻末には大森望氏による渾身の解説があるわけだし、本書の仕掛けについてはほぼ触れられているので心配は要らないと思う。



 とまあ、ここまでがネタバレ無しの感想。ここからは仕掛けについて自分なりに思うところを書いてみたい。これから読まれる方はご注意ください。


 先ほども書いたように下巻の巻末には大森氏によるとても詳しい解説が載っていて、正直あまり書くことはない。それでもメモを取りながら読んでみたことで気付いた点などを幾つか。
 まず本書は歴史改変SFである。しかしディック『高い城の男』のように「起きてしまった歴史の結果」を描くのではなく、プリースト自身が述べているように「歴史の流れを実際に“分岐”させたかもしれない過程」そのものを描いている。分岐点はいくつかあるが、もっとも大きなものは1940年11月11日と1941年5月11日の2日。それぞれジョーとジャックが命に係わるほどの大怪我をする時だ。(正確には2人の視点によって状況も結果も違っている。本書で描かれるふたりの物語は、実ははなから時間線が違っているのだ。)以下、順をおって整理してみよう。(なおここからは解りやすくするために、大森氏の解説に合わせてジャックの属する時間線を「歴史A」、ジョーの属する世界を「歴史B」として話を進めていくことにする。)

 まず登場するのがスチュワート・グラットンのパート。彼は最後に明かされるようにビルギットを母として1941年5月10日に生まれている。父親はジョーの幻覚が示すように、ジョーなのかジャックなのかは判らない。その後、どのような事情かは分からないが養父ハリー・グラットンに育てられて名前をソウヤーからグラットンに変え、やがて歴史作家となる。なお、この時点で本来なら健常であったジョーがどうなっているのかは判らない。また、もしかしたら父親であるかも知れないジャックがどうなったのかも書かれてはいない。このグラットンのパートは、現在のわれわれがいる世界とは全く違う歴史を持っており、ジョーと同じ「歴史B」に属すると思われる。この世界Bではルドルフ・ヘスによる決死の行動が実を結び、英国とドイツは講和条約を締結している。その結果ナチスドイツは滅びることはなく繁栄を続け、代わりにアメリカが日本および中国共産党に先制攻撃を加えて降伏させ、ソ連を解体させたうえで第3次世界大戦まで起きている。ユダヤ人はマダガスカルに強制移住させられ新たな国を作っているようだ。(イスラエル建国は無いと思われる。)
 ところがその後に始まるジャック(英国空軍パイロット)の回想のパート「歴史A」は、どうやらわれわれの歴史と同じ(もしくは限りなく近い?)と思われる。ジャックのパートではビルギットはジャックとの間に女の子をもうけ、その子アンジェラ・ソウヤーはやがて結婚してアンジェラ・チッパートンという名前となる。ところがここでおかしなことに、物語の冒頭でスチュワートのサイン会をアンジェラが訪れ、「父親であるジャック」の回想記をスチュワートに預けるシーンが描かれるのだ。どうやらこの歴史Aと歴史Bはあちこちで混淆しているらしい。以下にざっくりとまとめてみよう。
 
<歴史A・Bに共通する記述>
 1936年7月 ベルリンオリンピックにジャックとジョーがボート競技で参加して
         ルドルフ・ヘスと会う。
  〃  秋  二人と共に亡命してきたビルギットとジョーが結婚する。
 1938年7月 ジャック大学を卒業して英国空軍へ。1940年までに11回の出撃を果たす。
 1940年5月 不在がちのジョーが怪我をしたのをきっかけにして、ジャックがビルギットの
         家を訪ねて久々の再会を果たす。

<歴史Aに属する記述>
 1940年9月 ジャックとビルギットが情交を交わす。
  〃 11月 ジョーが爆撃によって命を落とす。
 1941年5月 爆撃にドイツ本土を爆撃するために出撃。(10日)
  〃 5月 撃墜されて北海に不時着し、航法士サム・レヴィと2人だけが助かる。(11日)
  ⇒その後、チャーチルの替え玉による慰問に同行したり、監禁されたヘスの偽者(?)
    に会ったりしたのち回復とともに空軍に復帰。
 1942年5月 ケルン爆撃などを経て五十二中隊に移籍し、シュトゥットガルト爆撃の際に
      撃墜、収容所で終戦まで過ごす。
 1946年3月 オーストラリアへの移住を前にして、再婚したビルギットの家をこっ
      そり訪ね、自分にそっくりな娘アンジェラを目撃する。しかし再婚相手の
      「ハリー」に追い返される。
 1982年?月 英国に帰国し、70代になってから(1987年ごろ?)回想記を書き始める。

<歴史Bに属する記述>
 1940年3月 ジョーが地方兵役免除審査局で良心的兵役拒否者として認められ、
          赤十字に勤はじめる。
   〃 5月 暴漢に襲われて負傷。回復して6月から赤十字に復帰するも不在がちと
       なる。この間にジャックがビルギットの元を何度も訪れるが疚しい関係では
       ない(?)
  〃 11月 爆撃に巻き込まれ一時行方不明に。(6日後には無傷で見つかるが、頭を
       打ったためそこから何度も幻覚を見るようになる。)
 1941年?月 英国とナチスドイツの間に講和条約(リスボン協定)を締結させるための
       極秘プロジェクトに従事。
 1941年5月 ジャックがドイツ軍により撃ち落されるも命に別状は無し。(11日)
   〃 5月 英独講和条約批准。(13日)
   〃 5月 スチュワート・ソウヤー生まれる。
            (本来なら5月10日のはずだが時系列がおかしい。)
  ⇒ その後、救急車で瀕死の状態になっているジョーの姿で終わる。

<歴史A・Bが判然としない記述>
 1940年11月 搬送途中の救急車の中でジョーが死亡?(11日)
          ※運転手はケン・ウィルスン
 1941年3月 ジョーが空軍基地のジャックの元を訪ね「リスボン条約/ビルギットと
         の関係」の話をする。
  〃  5月 ドイツを爆撃に向かったジャックが、ルドルフ・ヘスの乗ったメッサー
         シュミットMe-110が4機のMe-109によって「撃ち落される/無事に
         逃げ切る」様子を目撃する。(10日)
 1941年5月 スチュワート・グラットン生まれる。(10日)
   〃 5月 ジャックがドイツ軍に撃ち落され、北海に消える。(11日)
          ※生き残ったのはサム・レヴィのみ
 
 うーむ。書きだしてみたが、やはり辻褄の合わないところがあちこちにある。まあ無理に辻褄を合わせる必要はないのだが。歴史Aではジョーが死んでいることになっているのに対し、歴史Bではジャックは死んでいない。しかしサムの手記(上巻の終わりなので歴史Aに属するようにも見える)ではジャックは死んだことになっている。冒頭ではアンジェラがジャックのことを自分の父親だと言っているにも関わらず、歴史Aではアンジェラは実の父親である(かもしれない)ジャックとはまったく面識がない。(成人してから会ったとも思い難いが。)
 もやもやとしているので思いついたのが、実は隠されたもう一つの「歴史A´(ダッシュ)」と「歴史B´(ダッシュ)」があるのではないかという説だ。歴史A´ではジャックがビルギットと結婚してアンジェラをもうけ、ジョーは爆撃により死亡している。歴史B´ではジャックは北海で死亡しており、ジョーもその後亡くなってスチュワートはグラットンの養子となる。――とまあ、大森氏による解説だけでは説明がつかない点が多いので、たとえばこんな風に考えても面白いのではないだろうかと思った次第。もちろん答えなんてないのだけれど。
 もっとも、訳者の古沢嘉通氏なら「プリーストは細かいところまで考えて書いてなどいないので、あちこち綻びはあるよ(笑)」とかおっしゃるのかもしれないけどね。おそらく答えはどれかひとつではなく、あらゆる解釈が量子力学のように重ねあわされた状態で存在しているのだろう。そんなふうにも思えてくる。そういったところも全部ひっくるめて、とても愉しめた一冊だった。

2015年9月の読了本

 ※今月はイベントがあったりして読書時間があまり取れなかった。
  これからは秋の夜長で読書もはかどるかな?

『家守綺譚』 梨木香歩 新潮文庫
 早逝した友人の家守(いえもり)となった若き文士の元を訪れる数々の不思議と交流を描く。凛とした清冽さとそこはかとないユーモアが感じられるが決してくどくない。まさに夢幻へと誘う倉橋由美子氏の『酔郷譚』とは好対照をなすのではないか。ただし常に“ここ”ではない処へと向かう『酔郷譚』に対して、こちらはどこへも往かぬ、あるいは往きて帰りし物語だ。こういう話は好きだなあ。本書はぜひとも私的「幻想と怪奇の短篇集」のマスターピースの一冊に加えておきたい。(ちなみに他の作品は、今のところ『酔郷譚』(倉橋由美子)/『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)/『高岳親王航海記』(澁澤龍彦)/『ラピスラズリ』(山尾悠子)の4冊。)

『山怪』 田中康弘 山と渓谷社
 著者は全国を歩いて狩猟に関する本を多く出しているプロカメラマン。取材で回った各地にいるマタギや里山の人々から、彼らが体験した不思議な出来事を集めた聞き書き集だ。帯には『遠野物語』が引き合いに出されているが、狐とか狸とか蛇が出てくる話でも民話とはまた違う味わい。オチも何もない”投げっぱなし”の話が生々しくて面白い。「天狗倒し」や狐火といった怪異がついこの間まで普通に語られていたなんて、深い山や森にはやはり人の心をおかしくする作用があるのだろうか。

『アーキテクチャの生態系』 濱野智史 ちくま文庫
 インターネット上に構築されるブログやフェイスブックや2ちゃんねるといった“アーキテクチャ”について、日本における歴史と将来を考察した本。2008年に書かれた本なので若干記述は古いところもある。予測とは反対に今では廃れてしまったものや、逆にその後大いに発展したものがあったりもするが、2ちゃんねるなどのアーキテクチャの設計思想まで踏み込んだ内容とともに、すべてひっくるめて自分のようにネットの世界に疎い人間にとっては興味深い

『夢宮殿』 イスマイル・カダレ 創元ライブラリ
 臣民の夢の集積を分析し、予兆や無意識を皇帝の支配に役立てる役所”夢宮殿”。そこに勤める一人の官吏の目を通して、複雑な民族的背景を持つ東欧の人々の思いを描く。幻想的な仕掛けを用いて描かれているのは、個人の文学的な葛藤というより、もっと大きなうねりの中で不条理な運命に翻弄される人々なのだろう。いわゆる“体制側”であるにも関わらず終始不穏な思いと無力感に苛まれる主人公は、ブッツァーティ『タタール人の砂漠』やカフカ「掟の門」のような世界を作り出す人々もまた、その世界を前にして立ちすくむ人々と同じ想いを抱えている事を示している。暗い物語だと聞いて読むのを敬遠していたのだが、決して陰湿ではなく乾いた描写が続き決して読み難くはない。もっと早く読めば良かった。

『歯車他一篇』 芥川竜之介 岩波文庫
 著者最晩年の三作を集めた短篇集。表題作の他「玄鶴山房」「或阿保の一生」を収録。やけに暗いと思ったが、遺稿だったとは知らなかった。表題作には見事な「閃輝暗点」の描写があるが、これは片頭痛体質によくみられる典型的な症状。芥川が片頭痛もちだったとは知らなかった。

『双生児(上・下)』 クリストファー・プリースト ハヤカワ文庫
 「信頼できない語り手」プリーストによる、ナチスにより翻弄される双子の運命と有り得たかも知れないもう一つの歴史を描いた傑作。著者の代表作であるにも関わらずハードカバーで出たきりで長年入手困難だったので、このたび文庫で復刊されたのはとても嬉しい。プリースト作品では複数の現実が判然としないままに描かれるものが多いのだけれど、もちろん単純なリドル・ストーリーではなく、例えば量子力学でいうところの「重ね合わせ」が起こっているようなイメージ。物語の枠と現実ともうひとつの現実の境目すら定かでない、メタフィクショナルな構成が巧い。すごく印象的な感想を述べるなら、ちなみに同じメタフィクション的な仕掛けを得意とするE・マコーマックの場合は、個々の要素がもっとくっきりしている。譬えるなら箱根細工のモザイク模様のような見え方。対するプリーストの場合、個々の要素の境目を故意に塗りつぶして一枚の大きな絵にしてしまっている感じ。目くるめくカラクリ細工と茫洋とした騙し絵という対照的な作風だが、どちらも魅力的だ。これらの物語では、結末が読者の中で収束できないまま宙ぶらりんに放り出される。錯綜した物語の中に隠された物語をいくつ読み取るかは読者の判断に委ねられていて、物語の豊穣さはそれらの物語の数に比例する。(もっともそれを魅力に感じるか逆に解りにくいと感じるかは読む人次第なわけだが。)
 残念ながら現代史には詳しくないので、欧州大戦を舞台にした本書には解らない点も多い。仕方ないので気になるところはネットで調べたりメモを取りながら読み進んだわけだが、それでも欧州大戦を舞台にした本書の面白さが自分にどこまで理解できたか疑問ではある。ただし自分が引っかかったところは殆ど全て大森望氏の懇切丁寧な解説が書いてくれているので、二度読みするには困らなかった。話は違うが、本書を太平洋戦争が舞台の物語にしたら、はたしてどんな作品になるだろうかと考えるのも面白かった。(山田正紀『ミステリ・オペラ ― 宿命城殺人事件』なんか近いかも知れない。)。何度も思い返しては愉しめるという点で、自分の中では『夢幻諸島から』と双璧といえるだろう。

『死海写本』 土岐健治 講談社学術文庫
 紀元前に死海付近に住んだクムラン宗団と呼ばれる人々が遺した膨大な写本「死海文書」。それらの生い立ちや構成、クムラン宗団の思想などについて、現在判明しているところまでを詳しく解説した本。情報が多いので読むのが大変だが、古代ユダヤ社会の話がややこしくも面白い。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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