好きな本のタイトル

 先日、ネットでたまたま「日本タイトルだけ大賞」というのを見かけた。寡聞にして全く知らなかったのだが、国内で出版された書籍の中から「タイトルのみのコピー、美しさ、面白さ」に優れた書籍を選出するという趣旨で、2009年から始まり今年で第7回を迎える賞のようだ。本の内容や出来は一切問わないというのが大変に面白い。(以上、ウィキペディアからの情報。)
 これまでの受賞作は次の通りだ。(カッコ内は受賞年)
  『ヘッテルとフエーテル』(2009)
  『スラムダンク孫子』(2010)
  『奥ノ細道・オブ・ザ・デッド』(2011)
  『月刊 円周率 2月号』(2012)
  『仕事と私どっちが大事なのって言ってくれる彼女も仕事もない。』(2013)
  『妻が椎茸だったころ』(2014)
  『人間にとってスイカとは何か』(2015)
 ちなみに残念ながら一冊も読んだことは無いのだが、「内容や出来は一切問わない」といっても、幾らなんでもひどい内容の本ばかりということは無いだろう(笑)。例えば今年の受賞作である『人間にとってスイカとは何か』などは、文化人類学的な観点でスイカの歴史を辿ったものらしく、如何にも自分好みで面白そうな本だ。これまで本についてこんな風に考えたことは無かったので、この賞はとても新鮮だった。きっかけがどんなことであっても、人の目に触れる機会が増えるというのは良い事だと思う。

 というわけで、自分もこれまで読んだ本の中から、気に入っている題名や印象に残っている題名を挙げてみることにしよう。ただあくまでも個人的な嗜好だし、必ずしも本そのものの評価とは一致していないのであしからず。題名は割と平凡だが素晴らしい本というのも数多いし、逆に内容はさほど好みではなくても題名がとても好きなものもある。(ここで挙げるのは題名も素晴らしいが、中身についても満足のいくものだったので記憶に残っているものが殆ど。なお小説やエッセイに学術書など、本のジャンルは入り混じっているし著者や出版社は省略させてもらっているので、興味のある方はネットで調べて頂けると有り難い。)

 『巨匠とマルガリータ』/『一角獣・多角獣』/『百年の孤独』/『ジュリアとバズーカ』/『西瓜糖の日々』/『時は準宝石の螺旋のように』/『類推の山』/『馬的思考』/『飛行士と東京の雨の森』/『ジョン・レノンvs火星人』/『心臓抜き』/『食後のライスは大盛りで』/『花終わる闇』/『九マイルは遠すぎる』/『書誌学の廻廊』/『誰もがポオを愛していた』/『黒い時計の旅』/『平行植物』/『表徴の帝国』/『文化と両義性』/『沖縄にとろける』/『不在の騎士』/『花と機械とゲシタルト』/『いつからなりとも月にひとつの卵』/『われら顔を選ぶとき』/『書を読んで羊を失う』/『ビールと古本のプラハ』/『敗者の精神史』/『プルーストとイカ』/『想像の共同体』/『女の子よ銃を取れ』/『郵便局と蛇』
 ……以上、順不同

 キリが無いのでこのあたりで止めておくが、ありていに言って、好い題名がついている本は読んだ印象も好いものが多かったような気がする。もしかしたら細部まで編集が手を抜いていない証左なのかも知れないね。全般的に言えば学術系は直截的で素直な題名が割と多くて、文学はちょっとひねったのが多い傾向はあるけれど、全てがそうとも言い切れないのが面白い。直截的でも却ってそれが清楚で洒落た感じに仕上がることもあるし、変にひねり過ぎて嫌味な感じになることもある。まあ題名というのは難しいものであるよなあ。
 またこれからもこの手の気に入った書名を、コツコツと書き溜めていくことにしよう。もっと年取ったときに、お気に入りの名前コレクションが出来ていると愉しいな。(笑)
スポンサーサイト

少女マンガとSF

 ミステリー読書会の関係で知り合いになった方から、漫画をお借りした。名前は『夢みる惑星』(佐藤史生著/小学館PFビッグコミックス)というもの。長いことお借りしてしまったのだが、先日ようやく読み終えたので、あれこれ感想などを書いてみたい。
 本書はもともとプチフラワーという雑誌に1980年から84年まで連載されていたものだそうで、今回お借りした全4巻のコミックスも、最終巻の奥付をみると1984年の発行となっている。ずいぶんと昔の作品なのだ。
 すっかり忘れていたのだが、思い返せば当時はたしかに少女漫画家の方たちによるSFやファンタジー系の作品が、たくさん発表されていた気がする。たとえば萩尾望都(『ポーの一族』『スターレッド』『銀の三角』など)や竹宮恵子(『地球へ…』)、坂田靖子(『闇夜の本』『星食い』など)といった名前は、雑誌の記事や広告でもよく目にしていた。また、高校や大学の(男の)友人たちも少女漫画にはさほど抵抗が無い世代なので、大島弓子『綿の国星』、猫十字社『小さなお茶会』、萩岩睦美『銀曜日のおとぎばなし』などが話に挙がったこともある。(このあたりの作品は借りて読んだりしたことも......。ただ自分は子供の頃から読む漫画といえば少年漫画一辺倒だったので、少女漫画の繊細な描写と独特のコマ割りは、何となく馴染めなくてあまり読まなかった。)
 そんなわけで、本書の著者である佐藤史生氏の名前も正直知らなかったのだが、読書会の二次会で『金星樹』や『夢みる惑星』という作品名を聞いた時はたしかに憶えがあったので、やはり当時のブームの一翼を担っていた方だったのだろう。(全然詳しくないので的外れなことを書いていたらすいません。/苦笑)

 物語の舞台は人間が恐竜とともに暮らす、どこともいつの時代とも知れない世界。アスラハンのダルシス王の嫡子であるイリスは長じて「谷」の大神官となり、王国を間もなく見舞おうとするカタストロフから人々を救おうとする。そこに亡き王の跡を継いだ異母弟ダジオンとの反目やタジオンの許嫁フェーベのイリスへの恋慕、そして不思議な力を持つ踊り娘シリンやベニ・アスラ一族の若き当主カラといった個性的な登場人物たちの思惑が複雑に絡み、刻一刻と時間は過ぎ去っていく。煮え切らぬ王や貴族たちを前にしてイリスが売った大芝居とはなにか、そして人類の避難は果たして間に合うのか?―― といった感じで、あらすじを書くと壮大なスケールの一大長篇のようになるが、これだけの話が僅か4巻に凝縮されている。最後は多少端折ったような感じが見受けられもするが、よくぞまあこれだけ大きく広げた風呂敷をうまくまとめたものだと感心した。
 何となくの印象ではあるが当時の少女SF漫画というのは、少年SF漫画に比べて(たとえば人類や一族全体の存続にかかわるような)非常に大きくて重たいテーマが多かったような気がする。なぜだろうと考えていてひとつ思い出したのが、アーシュラ・K・ル・グィンの影響というものだ。『闇の左手』や『所有せざる人々』、そして『ゲド戦記』といったSF・ファンタジーで有名なル・グィンは、萩尾望都ら「24年組」の漫画家たちに大きな影響を与えたという話を聞いたような覚えがある。おなじく女性SF作家ではジェイムズ・ティプトリー・jrなどもシリアスで思弁性に富んだ作品を数多く発表していたし、小説よりもさらに「少年向け/少女向け」という枠組みを意識せざるを得ない漫画家にとっては、彼女らの作品が大きな励みになったであろうことは想像に難くない。
 読んでいるうちに連想したことがもう一つあった。それは眉村卓『消滅の光輪』や小松左京『日本沈没』「神への長い道」といったさまざまな日本SF作品の系譜だ。大きな災厄を前にして人々を如何に安全に移住させるか?という課題をインサイダーの視点で語るのは、太平洋戦争を経た第一世代の日本SF作家たちのテーマのひとつであったように思う。一方で漫画の世界に目をやると、やはり手塚治虫の『火の鳥』をはじめとして、石ノ森章太郎『サイボーグ009』、永井豪『デビルマン』といったシリアスなテーマを扱ったSF作品が目白押し。当然ながら佐藤氏たちの頭にも同様の問題意識があったように思うのだがどうだろうか。

 本書で面白いと思ったのは、そういった壮大なスケールの問題意識と並行して、登場人物たちの感情的な機微がこと細かに描かれていた点。こういうのは少女漫画を読み慣れている人はあまり気にしないのかもしれないが、人類の存続と個人的な救済が全く等価である描かれ方は、やはり少女漫画の系譜であるのかなあと興味深かった。
 冒頭でも少しふれたが、漫画にも独特のコードみたいなものがあって、読み慣れないものだとなかなか読み進めなかったりするのだが、自分は少年漫画のコードしか持っていないので、少女漫画や劇画は読むのになかなか時間がかかる。作品の出来不出来ではなく、おそらく子供の頃から読んでいる人は気付かないコードの問題なのだろうと思う。
 それから(ちょっとネタバレになってしまうが、)単なる異世界ファンタジーと思っていたら実は……というのも、往年の名作SFを思い起こさせてくれて好きだった。先行する数多くのSF作品のエッセンスが詰め込まれている力作だが、はたしてプチフラワーという雑誌のカラーには合っていたのだろうか?浮いてはいなかったのだろうか?もしかしたら少年JUMPに『暗黒神話』や『はだしのゲン』が載っていたような感じではなかったのかと、ちょっと心配になったりもした。まあすでに30年以上も前の話だから別に良いんだけどね。(笑)
 雑駁でまとまりのない感想だが、以上が本書を読んで思ったこと。いつか機会があれば、少年漫画のSF作品についても書いてみたいもんだねえ。

 最後になりましたが、Owlさん、面白い作品をお貸しいただきましてありがとうございました。また読書会でお会い致しましょう!

『ちょっとピンぼけ』 ロバート・キャパ 文春文庫

 世界的な報道写真家であるキャパが、1942年から45年の欧州大戦に従軍した際の記録。戦争の実態が、軍人とはまた違った視点で語られている。ノルマンディ上陸作戦やパリ解放といった歴史的エピソードが、淡々としたさりげない口調で語られていく。彼と親交のあったスタインベックやヘミングウェイといった人たちが、おまけのように元気な姿をみせるのが嬉しい。
 中身はといえば、ひたすら待ち、移動してまた待つ、そしてときおりの戦闘と、それらの繰り返し。情報の制限と欠如による、憶測と錯綜の中、明日をも知れない暮しを続ける兵士と従軍記者たちは、戦闘の合間には酒とギャンブルに浸る……。卑近な喩えで恐縮だが、テスト前になるとつい漫画やテレビを見るのに似た状態の極端なのが、ずっと続いている感じだろうか。一種の躁状態でもある。
 本書においてキャパの飄々とした文章は、救いのない状況を描きつつもユーモアさえ感じさせるが、それが却って逆説的に戦争の本質を浮かび上がらせているようだ。例えば当事者しか体験し得ない、戦闘における兵士たちの恐怖と高揚感、あるいは生き残った人間の罪悪感などが抑えた筆致で効果的に描かれる。(*)

   *…戦時の心理については過去から多くの作家が取り上げているが、なかにはそこ
      から離れられなくなる人もいるようだ。開高健が『戦場の博物誌』あるいは
      『歩く影たち』といった作品で描き、自らが取り込まれるのを恐れたのもその
      心理状態であるに違いない。本書を読むとそのあたりが何となく理解できる
      気がする。

 ジョン・スタインベックによる序文も良い。とりわけシリアの件ということではないが、この時節柄、戦場にジャーナリストが赴くことの意味についても色々と考えさせられた。“果てしない激情の広がり”である戦争そのものを映像に写すことは不可能だが、その外にある被写体を撮ることによって、それを伝えようとすること―― これは(戦争に限らず)様々なテーマで文学が実現しようとしていることなのではないだろうか。
 明示することの出来ないものを行間に表現する。言葉に出来ないものを、あえて示さないことによって暗示させる。写真については全くの素人なのだが、こうしてみると優れた写真とは優れた文学に等しいのかもしれないね。

2015年1月の読了本

『なるほど!赤ちゃん学』 玉川大学赤ちゃんラボ 新潮文庫
  *玉川大学の研究機関による、2003年の設立からこれまでの「乳幼児のことばを中心
   とした発達の仕組み」についての研究成果を紹介した本。最終的な目標は「人間の
   子供がいかにして知能を獲得するか」を明らかにすることだそうで、研究範囲も非常
   に多岐に亘っている。本書で挙げられている分野もたとえば、「a.自分の身体を認
   識すること」「b.音楽や音韻、歌や呼びかけといった音情報を聞き分けること」「c.
   不公平さと共感性を獲得すること」「d.モノのカテゴリや区分けを正しく行うこと」
   「e.ロボットなど非生物に対して心を感じること」など様々。参加している研究者の
   専攻も、医学・心理学は勿論のこと生物学や工学に農学、哲学、言語学、教育学
   など幅広い。まさに学際的な研究といえるだろう。2012年に発行されたばかりの本
   を文庫化したものなので、内容が古びていない点が何しろありがたい。(この手の本
   は刊行されたらなるべく早く読むことにしている。いつものように積んでおくと、どんど
   ん時代遅れになってしまうから。/笑)
『この世で一番おもしろいミクロ経済学』 ヨラム・バウマン ダイヤモンド社
 *題名にあるミクロ経済学とはマクロ経済学と対で用いられる用語で、需要と供給の
   バランスや価格競争といった市場原理を中心とした考察を行う学問分野。本書は
   そのミクロ経済学が具体的に何を課題として、これまでどのような成果を挙げてきた
   かについて、ざっくりと俯瞰するのを目的としたガイドブックだ。軽いタッチの漫画で描
   かれているのですらすら読める。(ただしギャグはアメリカ流なので日本人が読んでも
   さほど面白いわけではない。/笑)「最適化する個人」や「神の見えざる手」といった、
   個人的には以前から納得のできない点のおさらいも含めて参考になった。内容として
   は行動経済学についての言及が最後にほんの僅かしかなかったのが残念。基本的
   にはアメリカ式の自由主義経済を支える昔ながらの経済理論の説明に終始していた。
   山形浩生氏も訳者あとがきで書いているように、基本あっての応用というのは分かる
   けどね。たとえ数式を使ってはいても経済学が理系ではなくあくまで文系の学問であ
   る理由は何となくわかった気がする。自然科学のように実験により繰り返して理論検
   証が出来ないから、言いっ放しに近いところは致し方ないのだろう。唯一の正しい経
   済政策を求めるための政治の道具でもないしね。以上、経済学の素人から見た印象。
『黄金時代』 ミハル・アイヴァス 河出書房新社
  *語り手がかつて滞在した不思議な島について、そこに住む人々の生活と文化につい
   て語る幻想文学。著者はチェコの作家で、前作『もうひとつの街』と同様に英米作品と
   はまた一味違う独特の雰囲気が好い。『ガリバー旅行記』や『アフリカの印象』を思わ
   せる文化人類学的な描写の前半にくらべ、後半ではボルヘスばりのメタフィクショナ
   ルな幻想が炸裂する。拡散・増殖してバベルの図書館と化す本の無限は比較的よく
   あるイメージだが、アキレスと亀の如く極小の中に本の無限をみたのは初めてだっ
   た。傑作。
『ジェゼベルの死』 クリスチアナ・ブランド ハヤカワ・ミステリ文庫
  *本格ミステリの名作と呼ばれる作品が復刊された。「衆人環視の中、ひとりの悪女が
    首を絞められた状態で塔から落ちて殺された。たまたま現場を訪れていたコックリル
    警部は地元警察に協力して捜査を開始する。」とまあ、不可能犯罪の提示とその合
    理的な解決はさすがに巧い。(「“ブランド力“に優れる」というベタなギャグを考え付
    いた/笑)。以前読んだ『はなれわざ』も面白かったが、こちらの方がもっと好きかも
    知れない。そのうち『緑は危険』や『自宅にて急逝』も読んでみたいなあ。
『その女アレックス』 ピエール・ルメートル 文春文庫
  *「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリーベスト10」などの年間ミステリー
    投票で軒並み1位という、2014年翻訳ミステリ界最大の話題作。ベストセラーはあま
    り読まないことにしているのだが、これは聞きしに勝る傑作だった。全体は3部に分
    かれており、話が進むにつれ次々と万華鏡のように様相を変えてゆく。物語自体は
    描写も含めて陰惨で残酷なものではあるが、どことなく鮮烈で澄み切ったような感じ
    さえするのはなぜだろうか。何となくだが、フランスのミステリやSFにはこのような
    ものが多い気がする。ジャン・レノ主演で映画になったジャン=クリストフ・グランジ
    ェ『クリムゾン・リバー』や、ピエール・クリスタン『着飾った捕食家たち』も、純粋
    な悪意と残酷な描写の連続ながら読み終えた後に深い余韻を残す作品だし、
    アニメーションの『ファンタスティック・プラネット』もそうだ。一筋縄ではいかない
    のは、国民性みたいなものなのだろうか。(以上、内容については何を書いても
    ネタバレになりそうなので、雑駁な印象のみに終始。/笑)
『言説の領界』 M・フーコー 河出文庫
  *フーコーが1970年にコレージュ・ド・フランスで講義を開始するにあたって行った開
    講講義の記録。1970年と云えば『狂気の歴史』(1961)、『言葉と物』(1966)、
    『知の考古学』(1969)は発表されていたが、『監獄の誕生』(1975)や『性の歴史』
    (1976~)はまだ書かれていないわけで、この講義の内容は、前期の精神医学や
    経済学的言説の歴史を問う活動と、後期の権力の成立を分析した活動のちょうど
    分岐点にあたるらしい。「言説」の構造やあり方に拘るフーコーにとって、このよう
    にいかにもな「開講の辞」を述べるのは戸惑いがあったようだが、それでも真摯に
    聴衆に語りかける様子がまた他の著作とは違った雰囲気で面白い。
   これから行う自分の講義は、西洋社会において言説が「排除」「制限」「占有」される
   仕組み(「手続き」)と、それらを強化してきた西洋哲学的な思考(「創設的主体」「根
   源的経験」「普遍的媒介」)を明らかにしていくものだという宣言がなされる。次いで
   この分析を行うにあたって彼が従うべき四つの原則(「逆転」「非連続性」「種別性」
   「外在性」)が示された上で、彼が分析を実行する二つの対象(「批判的総体」と「系
   譜学的総体」)について述べる。――うーん、このように単語だけ並べても何のこと
   か分からないねえ。本文を読むともう少し具体的に書いてあるが、全体を見てみると
   その後の彼の著作で展開された内容のガイダンスになっているような印象をもつ。
   それにしてもポストモダン系の著述家の言葉は、どうもまだるっこしくていけない。フ
   ーコーはまだ読みやすい方だが、それでも、もう少し簡潔に言えないものかねえ。
   (苦笑)
『工場』 小山田浩子(新潮社)
  *短篇「穴」で芥川賞を受賞した著者の第一作品集。「工場」「ディスカス忌」「いこぼれ
    のむし」の3つの中短篇を収録し、表題作の「工場」では新潮新人賞を、単行本とし
    ては織田作之助賞を受賞している。どこまでも続く、なんとも掴みどころのない不思
    議な「工場」に努める3人の男女の話。不気味でも恐怖でもない何とも形容し難い描
    写が玉ねぎのように何層にもなって連なっていく。不穏な感じとでも言えばいいだろ
    うか。どこかで読んだ感じがすると思ったが、良く考えたら山野浩一作品の雰囲気
    に近いのだな。この違和感はちょっと癖になるかも。
『物語の中世』 保立道久 講談社学術文庫
  *副題は「神話・説話・民話の歴史学」。日本に古くから伝わる物語の世界をひもとい
    て、中世の社会/風俗/意識を浮かび上がらせる。著者自身が述べているように、
    柳田国男や宮本常一、石田英太郎に網野善彦といった人々の延長に位置付けら
    れる研究だろう。竹取物語や桃太郎、物ぐさ太郎に鉢かづきといった、馴染み深い
    物語がこれまでとは違った姿に見えてくる。
『沢田マンションの冒険』 加賀谷哲朗 ちくま文庫
  *高知市内に今も建つユニークな賃貸マンション「沢マン」。本書は沢マン建設の経緯
    や設計構造、住民たちの自由な住まい方といった、その全貌と魅力について紹介し
    たもの。1971年から建てられ始めた地上6階地下1階建て約60戸のこの巨大マンシ
    ョンは、たとえば屋上には池や菜園、水田などが作られ、軽自動車も通れるほどの
    スロープが建物の表裏をぶち抜いて5階まで続いていたりするといった破天荒さ。
    しかも全てが素人のオーナー夫妻による「セルフビルド」であったというのが凄い。
    (当然ながら違法建築。/苦笑)全体は曲線と緑に溢れ、常識にとらわれないデザ
    インの自由さがある。シュヴァルの「理想宮」やワッツ・タワー、ガウディの「カサ・
    ミラ」など世界のユニーク物件も引き合いに出されているが、たしかにそれらと比べ
    ても遜色はない。本書によればこれはオーナーの沢田嘉農氏が信仰していた密教
    の世界観と、氏のコレクションでもあるポンプに象徴される工業や科学への信頼との
    「錬金術」の賜物であるとのこと。いつか高知に行って実際に見てみたいものだ。
『ウィンブルドン』 ラッセル・ブラッドン 創元推理文庫
  *長らく絶版になっていたスポーツミステリの名作の復刊。創元推理文庫はこういう地
    道な発掘活動をしてくれるから嬉しい。さっそく買ってきて読んでみた。題名からも
    わかるように、内容は二人のテニスプレイヤーの胸熱い友情と、ウィンブルドン決
    勝戦を舞台に凶悪犯罪を決行しようとする犯人と警察との息詰まるサスペンス。
    実をいうとスポーツ小説の類は殆ど読まないし、サスペンスやスリラーもあんまり
    得意じゃないのだが、これは読んで良かった。ニ人の選手の関係がとてもよい緩衝
    材になっていて、心臓に悪い展開ながらも(笑)最後までページを繰る手が止まらな
    い。前半は結構ガチなスポーツ小説なので、テニスを知らないのがちょっとだけ残念
    だったが、しかしそれがあるから後半のサスペンスが余計に活きてくる。テニスが好
    きなら前半も含めて本書全体がもっともっと楽しめるだろう。
『全滅領域』 ジェフ・ヴァンダミア ハヤカワ文庫NV
  *チャイナ・ミエヴィルらとともに「ニュー・ウィアード」と呼ばれる一派に属する著者の
    (新しいタイプの)ファンタジー。「サザーン・リーチ3部作」の第1作で、映画化も
    予定されている。解説の柳下毅一郎氏はニュー・ウィアードについて「モダン・ホラ
    ーがホラー・ジャンルにもたらした革命をファンタジー再現しようとしたもの」と書い
    ているが、自分の印象では本作はむしろディッシュ『プリズナーNo.6』のようなニュ
    ーウェーブSFを思わせる。もちろん氏の云う通り、舞台となる「エリアX」はA&B
    ・ストルガツキー『ストーカー』に出てくる「ゾーン」によく似ているし、目的が明か
    されない謎の心理実験は初期のバラードの短篇群を連想させる。そしてもちろん
    主人公たちを襲う現実崩壊感はディックというのも納得。(エンタメ成分が多くなっ
    たバラード『結晶世界』やシルヴァーバーグ『大地への下降』とでも言えばいいか。
    調査記録を巡るシーンでは筒井康隆『驚愕の曠野』も連想させるなど、色んな先
    行作品を思い起こさせるので読んでいてとても愉しい。こういうのは好みだ。
最新記事
カテゴリ
プロフィール

舞狂小鬼

Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

最新トラックバック
FC2カウンター
最新コメント
リンク
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR