アンソロジーについて(その2)

 先日は、アンソロジー(複数作家の作品から選定して一冊にまとめた短篇集)の復活が著しく、最近になって『短篇小説日和』『怪奇小説日和』『世界堂書店』といったオリジナルアンソロジーの出版が増えてきたので嬉しいという話を書いた。今度は視点を変えて、アンソロジーを自分で編んでみることについての話をしたい。(今回はいつもに輪をかけてマニアックな話題なので、趣味じゃない方には大変申し訳ないです。/苦笑)

  「アンソロジーを編む」といっても、もちろん本当に出版するわけではない。自分がアンソロジーを編纂するとしたらどんな作品を選ぶだろうかという仮定で、収録作リストを作ってみるというだけのことだ。
 アンソロジーを編むという行為にはとても惹かれるけれど、一方で本人の知識やセンスが問われるようなところがあって、自分でするのはなかなか難しい。どんなテーマで編むにしても、これまで読んだ本の細部など忘れてしまっているから、候補を挙げるだけでも一苦労だ。ましてやそこから収録作を絞り込むには、改めて多くを読み返す必要もあるだろう。そこまで労力をかけるのも大変。なのでアンソロジーではなく、偏愛する作家についてのオリジナル短篇集を編んだり、いっそのこと長篇を主体にして(ボルヘスの「バベルの図書館」や「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」のように)叢書を編んでみる方が良いかもしれない。
 というわけで方針を変えて「小鬼版 奇想幻想小説集成」なんていうのを考えてみる。SFやファンタジーのプロパー作品もふんだんに入れて、ワクワクしたりびっくりするような叢書ができると嬉しいのだが。

 まずに思いつくところでは、SFジャンルからP・K・ディック『ユービック』にJ・G・バラード『夢幻会社』、A&Bストルガツキー『ストーカー』にスタニスワフ・レムの『ソラリス』あたりか。サミュエル・R・ディレイニー『エンパイア・スター』も入れたい。中篇の『エンパイヤ・スター』だけでは一冊に足りないので、『時は準宝石の螺旋のように』の中から短篇を選んで収録する。もしくは長篇『ノヴァ』とのカップリングでもいいかな。ちょっと厚くなるけど。バリントン・J・ベイリーはぜひとも『カエアンの聖衣』と『時間帝国の崩壊』の両方を入れたい。一冊が無理なら特別に2冊になっても仕方ないかな。R・A・ラファティはどれを選ぼうか迷うところだが、長篇なら『地球礁』か『蛇の卵』あたりがいいだろうか。本当は既存の短篇集から選りすぐった傑作選を作りたいところ。短篇集ならコードウェイナー・スミスやホフマンでも一冊編めそうな気がする。あ、コッパードとダンセイニもぜひ入れたい。いっそのことレオ・レオーニによる『平行植物』と、中国の古典『山海経』も入れちゃいましょうか。(笑)

 ちょっと脱線(笑)。気を取り直して幻想&ファンタジー分野からもう少し。まずジョン・クロウリー『リトル・ビッグ』やボリス・ヴィアン『うたかたの日々』、そしてルネ・ドーマル『類推の山』は入れたい。もちろんブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』も必須だ。マーヴィン・ピークのゴーメンガーストシリーズも入れたいのだが、全部入れるととんでもない厚さになってしまう。泣く泣く削ってその中から第2巻の『ゴーメンガースト』を選ぶことにする。(*)

   *…書評家・牧眞司氏のお薦めによればレーモン・クノー(『はまむぎ』『文体練習』
      など)も素晴らしい作品揃いとのことなのだが、如何せん未読なので今回の
      対象からは外した。本の世界はまだまだ奥が深い!

 日本からは、筒井康隆で『驚愕の曠野』を軸に「ヨッパ谷への降下」や「遠い座敷」などの幻想系短篇を。小松左京『日本アパッチ族』も良いなあ。そして泉鏡花の「薬草取り」「眉かくしの霊」といった名作揃いの傑作集をつくる。山尾悠子『ラピスラズリ』に倉橋由美子『酔郷譚』、澁澤龍彦『高岳親王航海記』を合わせて一冊にするのも贅沢でよいかも。半村良はSF伝奇系から『産霊山秘録』と幻想系から『能登怪異譚』の2冊のどちらが良いだろうか……。
 うーん、ここまででざっと25巻ほどになってしまった。まだまだ入れたいものもあるが、そろそろ締めないと全部で100巻くらいになってしまいそうだ。まずは第一期としてこんなところでどうだろうか。


<追記>
 つい昨日、ツイッターで「怪談短篇オールタイムベスト(国内篇)」というアンケートをやっていた。面白いのでさっそく選んでみたのが以下の作品。これをそのまま国内の怪奇小説アンソロジーの目次と考えても、結構いけるかも知れない、なんて考えてみたり。
 アンケートとしては全部で10作品までしか選べなかったが、アンソロジーなら全作収録することだって出来る。もしもこれらの作品をどこかで見かけたら、「小鬼版 怪奇短篇集」だと思って読んで頂けると編者(笑)としては大変にありがたい。

 泉鏡花「海異記」「眉かくしの霊」
 幸田露伴「幻談」
 筒井康隆「亡母渇仰」
 小松左京「くだんのはは」
 半村良「箪笥」
 上田秋成「吉備津の釜」
 岡本綺堂「鎧櫃の血」
 小泉八雲「茶碗の中」
 小川未明「金の輪」
 夏目漱石「夢十夜 第三夜」
 内田百間「サラサーテの盤」
 (順不同)
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『ヘンリー・ライクロフトの私記』 ギッシング 光文社古典新訳文庫

 前から岩波文庫で『ヘンリ・ライクロフトの私記』という題名で出ているのは知っていて、ずっと読みたいと思っていた。きっかけが無くてなかなか手が出なかったのだが、ふとしたことで古典新訳文庫から出ているのを知り、思い切って買ってみた。(どうせ読むなら新しい訳の方が好いものね。)
 有名な作品なのでご存じの方も多いと思う。イギリスの田舎に隠遁して一人暮らしをする年配の独身男性による私記 ―― の体裁をとった、著者ギッシングの自伝的要素もある小説だ。私記の書き手であるライクロフトは現在56歳。若いころはロンドンで文筆業を生業とし、日々の食事にも事欠くギリギリの暮しをしていた。しかし僥倖にも数年前にまとまった遺産が入ったので今はあくせく働く必要はない。家事や食事の支度は近所の人に来てもらい、自分は日がな一日好きな本を読んだり家の周囲を散策したりして過ごす。人との面倒な付き合いは極力しない。こんな悠々自適な生活の様子と頭に浮かんだ事柄を思うままに書き綴った文章を、四季の移ろいに合わせてまとめたのがこの本というわけだ。変化の無い生活に退屈してしまう人もいるだろうが、自分にとってはまさに理想の生活に近い。一度でいいからしてみたいものだ。「独身男性の一人暮らし」といっても『方丈記』ほどに虚無的ではなく、どちらかというと『徒然草』みたいな印象。
 まずは無類の本好きという設定が好いね。貧乏だった若い頃に、食費を削って購入した数々の本についての思い出がふんだんに出てくる。ときおり出てくる「体の栄養よりも大事だと思う本はある」とか、「これからもなお倦(う)まず弛(たゆ)まず、喜びをもって読み続けると思う。(中略)忘れることを気に病むにはおよばない。読めば束の間の快楽に恵まれる。死ぬる定めの人間として、この上、何を求めることがあろう」などといった言葉には思わず頷いてしまう。「ふと思い出した本がどこかへ紛れこんで見つけるのが一苦労だったり、(中略)そんなこんなで二度と読まない本が増えた」というくだりには思わず苦笑してしまうし、「そうだ。死ぬ前にもう一度『ドン・キホーテ』を読もう」なんて文章を目にすると、同じ本好きとしてはもう堪らない。(笑)
 もちろん内容はそればかりではない。話題はイギリス南部の田舎の自然や、のんびりと過ごす日々の様子が多いが、他には若い頃を過ごしたロンドンのほろ苦くも懐かしい思い出や、当時のイギリス社会に対する痛烈な批評なども。それらが四季折々の描写に混じって好い味を出している。(ちなみにこの部分がギッシング本人の主張なのか、それともライクロフトの思う事なのかは微妙なところだ。原著の刊行は1903年。世界では帝国主義が覇権を競い、あと10年もしたら欧州大戦に突入しようという時代にあたる。しかしそんな頃の意見であるにも関わらず、まるで今の日本に対して言われているようで心が痛むのは何ともはや。)
 でもまあ、本書を読む醍醐味は社会批判の部分よりは、やはり気持ちのいい自然描写や心象風景にこそあるわけで、全体はそんなトーンで統一されている。特に印象にのこった部分を以下に簡単にまとめてみよう。

 春は山査子(サンザシ)や桜草(プリムローズ)に立金花(マーシュマリゴールド)といった草花が咲き乱れる牧場や森の散策。
 夏は薔薇と蜂の羽音。月明かりの下で読む本の愉しさと子供時代の思い出、そして信仰がもたらす心の静穏について。クセノフォン『アナバシス』やシェイクスピア『テンペスト』など、好きな本への賛辞も彩りを添える。
 秋は哲人皇帝アウレリウスをはじめとした哲学と内省の季節。暮れゆく空と自らの人生の先に思いを馳せて、楡(ニレ)や山毛欅(ブナ)の落葉について記す。(ちなみに本書で有名な「このところ、柳蒲公英(ヤナギタンポポ)で忙しい」というくだりは、この秋の章の冒頭にあった。)
 冬は悪天候を避け、温かく居心地のいい室内で暖炉に石炭をくべる。面白かったのはイギリス料理に関する意見。彼の肉料理に対する偏愛や、それとは対照的に野菜料理について辛辣な言葉を吐く様子には笑った。

 あとで解説を読んで驚いたのが、本書を書いたときのギッシングはわずか42歳だったということだ。「56歳で隠遁生活を送る人物」というのはあくまでも小説の設定上の話であり、著者ギッシング本人の執筆時の状況とは異なる。たとえライクロフトが作者のある面を表しているとしてもだ。むしろ自分がこうありたいという理想を書いたからこそ、万人に受け入れられる作品になったのかもしれない。
 なおギッシングの作家としての本領は本書のような作品ではなく、当時のイギリスで資本主義や階級制度によって生まれた数々の社会問題を告発する小説にあったらしい。本書の中で時折混じるライクロフトの独白もそのようにして読めば、裏に色々な意味が込められていそうな気がしてくるね。
 本書に対する印象は最終的には、小林多喜二が書いた『仰臥漫録』(正岡子規)や『墨東奇譚』(永井荷風)といったところに落ち着いた。(ちょっと違うかな?まあいいや。/笑)
 いやあ、それにしても今回は気持ちのいい読書だったなー。

アンソロジーについて

 今回は最近になって復活甚だしい“アンソロジー”についての雑文をば。

 SFやミステリといったジャンル小説は、何故だか短篇という形式との相性が良い。そのため昔からアンソロジー(*)が数多く編まれてきた。もともと欧米において短篇小説は雑誌への掲載を初出とするケースが多かったが、ジャンル小説の専門誌が衰退していくにつれて短篇発表の場が無くなり、オリジナルアンソロジーへと移行していったとどこかで読んだ。(尤もうろ覚えなので、正確な話かどうかは知らない。)

   *…複数の作家の作品を集めた作品集のこと。テーマ別や年間傑作選など色々な
      タイプがあり、収録作の選定や並べ方によって編者のセンスが問われる。
      アンソロジーを多く編集する人は“アンソロジスト”と呼ばれることも。なお同じ
      ように編者によって編まれるものであっても、特定個人の作品だけを集めた
      個人短篇集とは違う。以上、ご存じのこととは思うが念のため。

 日本では戦前から戦後にかけて、海外のミステリや幻想・怪奇小説、SFなどが多く紹介されてきた。もちろん雑誌を通じての紹介が多かったが、中には有名な作品を独自に編んだり、あるいは向こうで出版された年間傑作選の類いがそのまま翻訳されたりもした。自分の好きなジャンルで有名なものを幾つか挙げるとすれば、例えば下記のようなものがある。

 ■平井呈一編『怪奇小説傑作集(1)~(5)』(創元推理文庫)
 ■平井呈一編『恐怖の愉しみ(上/下)』(創元推理文庫)
 ■紀田順一郎・東雅夫編『日本怪奇小説傑作集(1)~(3)』(創元推理文庫)
 ■メリル編『年間SF傑作選(1)~(7)』(創元
 ■アシモフ編『世界SF大賞傑作選(1)~(8)』(講談社文庫) ※(3)は未出版
 ■筒井康隆編『日本SFベスト集成』(徳間文庫) ※「60年代」~「‘75年」まで全6冊
 ■江戸川乱歩編『世界短篇傑作集(1)~(5)』(創元推理文庫)
 ■早川書房編集部『名探偵登場(1)~(6)』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 キリが無いのでこれくらいでやめておくが、若いころはこういったアンソロジーが一種の入門書の役目を果たしていたように思う。雑誌のバックナンバーを捜して読みたい短篇の掲載誌を入手する、などという“技”を知らなかったので、これらの中から気に入った作品があると、次はその作者の短編集や長篇へと進むというのが、ひとつの流れだったのではないだろうか。特に翻訳小説はそのパターンが多かったように思える。(あくまで自分個人の印象ではあるが。)
 ところがある時期を境にして、こういったアンソロジーが入手困難になってしまった。消費税増税などがきっかけだったろうか。新しいアンソロジーも出なくなり、分厚い長篇やシリーズものばかりが出版されるという、短篇小説ファンにとっては冬の時代がしばらく続いた。(井上雅彦氏による書き下ろしホラーアンソロジー『異形コレクション』などは例外。)
 しかしここ数年前から、その傾向が少しずつ変わってきたように思える。2009年末に河出文庫『NOVA(1)』が出版されたあたりからだったろうか。2010年のハヤカワ文庫『SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー』3冊(『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』『スティーヴ・フィーヴァー』)を経て、最近では過去のアンソロジーの復刊も含め、各社で花盛りの様相を呈している感じさえある。ここ一年ほどの間に復刊もしくは新しく出たもののうち、特に気に入ったものを先ほどと同様にいくつか挙げてみよう。(このブログをよくご訪問いただいている方には馴染みの題名だと思う。)

 ■西崎憲編『短篇小説日和』『怪奇小説日和』(ちくま文庫)
 ■高原英理編『リテラリーゴシック・イン・ジャパン』(ちくま文庫)
 ■米澤穂信編『世界堂書店』(文春文庫)
 ■紀田順一郎編『書物愛〔海外篇〕〔国内篇〕』(創元ライブラリ)
 ■生田耕作編『愛書狂』(平凡社ライブラリー)
 ■澁澤龍彦編『澁澤龍彦訳 幻想怪奇短篇集』(河出文庫)
 ■筒井康隆編『異形の白昼』(ちくま文庫)
 ■井上雅彦編『予期せぬ結末(1)~(3)』(扶桑社ミステリー)

 とまあ、こちらもまたキリがない。
 最近の傾向として面白いのは、絶版になって古書価も高騰していた作品が文庫化されたり、あるいは完全に文庫オリジナルの物が増えている点だろうか。またそれが割と売れているようで、増刷がかかっているものも多いようなのだ。出版業界や書店にとって厳しい時代が続いているが、こうして良いアンソロジーが出続けることで、少しでも若い読者の獲得や短篇小説発表の場の確保が、これからも続いていくことを願ってやまない。しかも出来れば文庫で。(なぜなら最近の長篇はやたら長いのが多くて、手に持ったり読んだりするのにやたら疲れるのが多いから。/笑)

<追記>
 今回はアンソロジーの復活礼讃ということで、特に結論はありません。単に好きなアンソロジーの名前を並べてみたかっただけです。(笑)まだまだ名前を挙げたいアンソロジーはたくさん有りますが、読んでいる方は退屈かもしれませんので、これくらいにしておきます。皆さんのお好きなアンンソロジーがあれば教えて頂けると嬉しいです。

2014年5月の読了本

 今月も仕事の方は慌ただしかったが、イベントや読書会に参加したりフィクションを中心に良い本がたくさん読めるなど、プライベートの方は結構充実していた。6月もこの調子で行きたいものだねえ。

『死んでいるかしら』 柴田元幸 日経文芸文庫
  *翻訳家・柴田元幸氏によるエッセイ第二弾。(一作目は白水uブックスから出ている
    『生半可な學者』。)本書はもともと17年前に出版されたものだそうで、このたび
   日経文芸文庫という変わったところ(失礼)に収録された。しかしいつも書いている事
   だけど、なんで翻訳家の方のエッセイってこんなに面白いんだろうねえ。柴田氏の
   エッセイは軽妙な語り口もさることながら、取り上げられる本も自分好みのものが多
   くてさらに愉しい。もっと書いてもらいたいが、そうすると翻訳の方がお留守になるの
   で痛し痒しだねえ。(笑)
『三銃士の息子』 カミ ハヤカワ・ミステリ
  *フランスのユーモア作家・カミにより書かれた、文豪デュマの『三銃士』のパスティ
   ーシュ。主人公が「三銃士それぞれの息子たち」ではなく、「三銃士たちの共通の
   ひとり息子」であるという、何とも人をくった設定が如何にもカミらしい。「三銃士の息
   子」というのが本人の名前であったり、“三銃士”になぜかダルタニャンが含まれて
   いてアラミスはいないことになっているなど、いい意味での適当な感覚も愉快。物語
   はスーパーヒーロー“三銃士の息子”が活躍する痛快な冒険活劇で、原作を読んで
   いなくても充分に愉しめる。(あちこちに原作を踏まえた遊びがあるので、もちろん知
   っているともっと遊べるとは思うが。)
『迷路の中で』 ロブ・グリエ 講談社文芸文庫
  *「ヌーヴォー・ロマン」の旗手、ロブ・グリエの代表作のひとつ。第二次世界大戦の時
   代、死んだ仲間の兵士から託されたものを渡すために見知らぬ街を彷徨い歩くひとり
   の男と、彼の足跡を文章に再現しようと試みる町の男。このふたつの物語が入り混じ
   って、良く似た描写が微妙に変化しながら繰り返される。限りない酩酊感と眠気を誘
   う、まるで抽象画のような物語。ちなみに大まかな骨子を時系列順に整理すると、概
   ね次のような流れになる。
   時は第2次大戦。ライヘンフェルスでの敗戦から撤退した連合軍と思しき中に一人の
   兵士がいる。彼は戦場で命を落とした仲間から受け取ったものをある人物に渡すた
   め見慣れぬ街に降り立つ。疲労困憊した彼はキャフェでワインとパンの食事をとり、
   待ち合わせの目印である四つ辻を住民や子供に訪ねながら捜す。しかし良く似た街
   並みのため見つけることが出来ず、やがて発熱で朦朧となった彼は傷病兵が体を休
   める施設で夜を明かし、侵攻してきた敵軍兵士に撃たれてやがて…。
   話自体は正直言って別にどうという事は無く、ここで書いたストーリーも作品において
   さほど意味をなすものではない。カンディンスキーか誰かが書いた抽象絵画をみるよ
   うで、そっくりだが微妙に異なるテキストが何度もリフレインされるうち、何を読んでい
   るのか分からなくなってくる。兵士の物語を再現しようと試みる町の住民の「いや、
   違う。そうではなかった」という言葉が繰り返されるたび、わずかずつ後戻りと前進を
   続けながら物語が綴られていく。なんとも不思議な小説。
『ストリート・キッズ』 ドン・ウィンズロウ 創元推理文庫
  *新感覚ハードボイルドの傑作。複雑な家庭に生まれ、私立探偵グレアムを親代わり
   にして育った若者ニールが、へらず口を叩きながらも懸命に生きる姿が心を打つ。
   『ロング・グッドバイ』の読書会に参加するため久しぶりに再読したのだが、記憶に違
   わずとても好かった。
『リテラリーゴシック・イン・ジャパン』 高原英理/編 ちくま文庫
  *“リテラリーゴシック”とは聞き慣れない言葉だが、冒頭に掲げられた「リテラリーゴ
   シック宣言」によれば、文章(文学)で表現されたゴシック趣味のことらしい。但しここ
   でいうゴシックとはウォルポール『オトランド城奇譚』に始まる一般的な文学ジャンル
   を指し示す用語「ゴシック・ロマンス」のことではなく、もっと広い概念を示している。
   “ゴスロリ(ゴシック・ロリータ)ファッション”や球体関節人形などにみられる、日本で
   独自に進化した趣味嗜好のことだそうだ。(音楽でいえば筋肉少女帯や人間椅子の
   世界のような感じか。表紙に使われている中川多理氏の球体関節人形の写真が本
   書のコンセプトを端的に物語っている。ぞわぞわする感覚が好い。)本書で目指して
   いるのは、そういった作品(小説・詩・随筆)を一堂に集めて“日本的ゴシック”とは何
   かを表現すること。それが書名にもある「リテラリーゴシック(=文学的ゴシック)」で
   あり、通して読むことで編者の考える概念が俯瞰できるようになっている。内容は5つ
   の章に分かれ、それぞれ順に明治期の“黎明”から大正~昭和初期の乱歩たちを取
   り上げた“戦前ミステリの達成”/三島由紀夫や澁澤龍彦らによる“「血と薔薇」の時
   代”/赤江瀑や山尾悠子などの“幻想文学の領土から”/そして乙一や倉阪鬼一郎
   らによる“文学的ゴシックの現在”と名付けられている。取り上げられている作家や
   詩人は総勢で38人(39作品)。これだけ尖がったアンソロジーだと自分の好みと合わ
   ない作品も当然出てくるわけだが、「この作品は自分なら絶対選ばないだろうな」など
   と考えながら読むのもまた面白い。自分に重なる趣味であるが故に却って微妙な違
   いが気になったりするわけだが、そこが逆に編者のこだわりだったりする。こういった
   あれこれこそが、アンンソロジーを読む醍醐味といえるかもしれない。特に気に入った
   収録作は、北原白秋「夜」/高橋睦郎「第九の欠落を含む十の詩篇」/中井英夫
   「薔薇の縛め」/山尾悠子「傳説」/京極夏彦「逃げよう」/金原ひとみ「ミンク」/藤
   野可織「今日の心霊」/高原英理「グレー・グレー」といったあたり。痛い話が苦手な
   人には辛い話も多いので、好き嫌いは分かれるかも知れない。
『予告された殺人の記録』 G.ガルシア=マルケス 新潮文庫
  *『百年の孤独』でノーベル賞を受賞した著者が円熟期に書いた中篇。「百年の孤独が
   文庫になるときはこの世が終わるときだ」という冗談があるくらい新潮社はガルシア=
   マルケスの著作を文庫化しないので、本書は貴重な一冊と言える。著者の訃報に接
   してから少しずつ読み返したり未読作品にトライしているのだが、学生時代よりはるか
   に面白く読めるので驚いた。自分が色んな経験をつんだからなのか、それとも単に年
   取って趣味が変わっただけなのか。(笑)
『狐になった奥様』 ガーネット 岩波文庫
  *これはまた何とも奇妙な話。何の理由も無く突然狐と化し、すこしずつ野生化していく
   妻を、ただひたすら愛しようとする男を描く。題名の通りの物語でそれ以上でもそれ以
   下でもない。ラストの一行でまたびっくり。
『女の子よ銃を取れ』 雨宮まみ 平凡社
  *外観に関して世の中の女性が感じている「生きづらさ」を楽にしてくれるエッセイ。
   ファッションをテーマにした本ではあるが、同化圧力や社会的役割の強制といった話
   題は、性別や年齢を超えて共通の問題といえる。オヤジが読んでも面白かった。
『世界堂書店』 米澤穂信/編 文春文庫
  *『折れた竜骨』や『氷菓』などの作品で有名なミステリ作家・米澤穂信氏が、世界中
   から選りすぐった短篇を選んだオリジナルアンソロジー。これまで出版された作品集
   からのセレクトなので既読の作品も中にはあるが、なかなか目にすることが出来ない
   作品や初めて読む作品も多い。不思議な話やちょっと不気味な話ばかりでなく、いい
   話やミステリっぽい話も選んでいるのが編者らしい“味”といえるだろう。どれも面白
   かったが、特に気に入ったのは次にあげる作品。収録作の半分が特に気に入ったの
   だからかなり打率はいい。短篇の好さを存分に味わうことが出来るアンソロジーとい
   えるのではないか。
   ヘレン・マクロイ「東洋趣味(シノワズリ)」/ジュール・シュルペルヴィエル「バイオ
   リンの声の少女」/レーナ・クルーン「いっぷう変わった人々」/ヒュー・ウォルポー
   ル「トーランド家の長老」/ベン・ヘクト「十五人の殺人者たち」/フィッツ=ジェイム
   ズ・オブライエン「墓を愛した少年」/久生十蘭「黄泉(よみ)から」
『図書室の魔法(上/下)』 ジョー・ウォルトン 創元SF文庫
  *不幸な生い立ちの孤独な少女が、本を通じて心の通い合う仲間を作っていく物語。
   少女が読む本はあらゆるジャンルに亘るが、特に好きなのはSF小説。日記の体裁を
   取っているので本の感想などもあけすけに書かれているが、読んでいる本がとんでも
   なくマニアックなのが“とうの立ったSFファン”としてはとても嬉しい。ただ本書の最も
   優れている点は「読書することの喜び」を描くところにあると思うので、無理に魔法や
   フェアリーを出したり少女をSFマニアにしなくても、本好きというだけで充分面白くな
   ったのではないかという気もする。(そうでなければヒューゴ賞・ネビュラ賞・英国幻
   想文学大賞といった名だたる賞は取れなかったわけだが。/笑)
『満足の文化』 J・K・ガルブレイス ちくま学芸文庫
  *20世紀になって顕著になってきた中産階級に着目し、高所得者層を含む「今の生活
   に満足している人々」が選挙の趨勢を握るようになった先進国の状況を分析した本。
   これら「満足している人々」は生活の変化を嫌い、(低所得者層の生活改善など)社会
   改革や長期的な視野にたった政策には興味がない。読んでいるうちに暗くなってくる
   本だが、もっと嫌なのは本書が分析した80年代のアメリカ社会の状況に、今の日本が
   限りなく近づいているということ。ちくま学芸文庫で復刊された今こそ、もっと多くの人
   に読まれるべきではないかなあ。そして皆で考える必要があると思う。
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舞狂小鬼

Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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