『脳には妙なクセがある』 池谷裕二 扶桑社新書

 著者は記憶を中心とした脳研究の専門家だが、最新の研究の成果をエッセイ風に分かりやすく説明した解説書には定評がある。目についたものは読むようにしているのだが、たとえば『進化しすぎた脳』や『単純な脳、複雑な「私」』(いずれも講談社ブルーバックス)、『脳はなにかと言い訳する』(新潮文庫)なんかは安価で手に取りやすいし読みやすいのでお奨め。本書は2012年に単行本として出たばかりなのだが、早くも新書化されたので本屋で見つけて即買いした。(よく分からないが、こんなに早く新書や文庫になるのは商売的にはどうなのだろうねえ。読む側からしたら有り難いけど。封切り映画が翌年にはテレビ放映されてしまうようなもので、買い控えにはつながらないのかな。)
 話を戻そう。これまでの本と同様に本書も雑誌やネットに発表した短めの文章を編集し直したもので、バラエティにとんだ話が章立てで沢山載っている。「はじめに」によれば著者の研究者としてのバックボーンは第11章/22章/26章とのことなので、その部分を中心に本書の内容をざっくりと自分なりにまとめてみよう。

 脳は神経組織が進化とともに特殊化したものであって、自己意識や抽象概念といった高度な機能もその延長上に生まれたもの ――という認識は、(宗教の観点を除けば)概ねコンセンサスがとれた内容ではないかと思う。そう考えると人間の脳だけが持つ機能も、生物が進化の過程で発達させてきた「外からの入力(感覚刺激)に対して適切かつ迅速な出力(行動)」を生み出すための機能がベースになっていることも容易に想像がつく。そして最近の脳研究の結果、それらの推論はやはり正しかったことが分かってきたそうだ。人間の脳はこれまで生物が生存のために生み出してきた機能を、実に巧妙に流用して高度な処理に用いているのだ。
 例えば社会的なモラルを侵されたときなどに感じる“嫌悪感”というものがある。これには何と「苦み」を感じるための脳回路が使われているそうだ。嫌な気分になると苦虫を潰したような顔になるのは、ちゃんと意味があったらしい。また疎外感を感じた時など感じる“胸の痛み”というものがある。この時には「前帯状皮質」が活発化しているのだが、まさにこの「前帯状皮質」というのは身体的な痛みを感じる部位でもあるらしい。脳は胸の痛みを本当に感じているというわけだ。ズキッとくる心臓あたりの疼痛は、もしかしたら心筋梗塞なんかと同じ痛みなのかなあ、などと考えてみたり。
 
 話は変わって、こんどは愉しい気持ちについて。嬉しい気分のときや楽しい光景をみたりすると、自然に顔がほころんで笑顔になる。では逆に、愉しくも無いのに無理やり笑顔の表情を作った場合はどうだろうか。驚いたことに、笑顔を作っただけで自然に愉しい気持ちになっていくそうなのだ。ニコニコしている子供をみると周囲の人も笑顔になるが、これは相手の顔を模倣することで自分も同じ感情になるという、共感の機能が働いているのだろうね。きっと群れを作ったり維持したりするためには有効なのだろうなあ。身体と脳の働きは従来考えられていた以上に密接に関係しているようなのだ。脳が神経組織の延長上にあることを実感させてくれる話だと思う。
 また「楽しさを表す単語」と「悲しさを表す単語」を混在させて被験者にみせる実験を行ってみる。すると笑顔を作った状態ではなんと、「楽しさを表す単語」の認識にかかる時間だけが短くなるとのこと。これにどういう意味があるのかはよく分からないが、表情によって何らかのフィルターが働くのは間違いないらしい。一方、嫌悪の表情を作った場合はどうか。その場合はまず視野が狭くなり、鼻腔も狭くなって知覚が低下するそう。つまり実際に感覚入力がシャットアウトされてしまうことになる。つまらない顔をしていると本当につまらない人間になってしまうなんてちょっとショック。これからは常ににこやかでいることを心がけたい。(笑)

 もうひとつこんな話もある。“自由意志”とは本人の錯覚にすぎず、実際の行動の大部分が環境や刺激により、あるいは普段の習慣によって引き起こされる身体的な「反射」に過ぎない。――こんなショッキングな結論も、厳密な実験によって明らかにされているらしい。
 当人は物事を熟慮して合理的かつ公平に判断していると思っていても、実はその人なりの「思考癖」によって無意識のうちに、入力情報の解釈や反応に偏向がもたらされる。それによって本人の意識とは無関係なところで決まった内容を、知らず知らずのうちに自らの意志として追認しているだけだというのだ。
 これは一見すると随分おそろしいことのような気がするが、実は著者はそうは考えていない。無意識の“自動判定装置”による反応は、あくまでも過去にその人が経験した出来事の記憶に依存している。従って“自動判定装置”が正しい反応をしてくれるには、過去によい経験をたくさんすればいい。そうすれば本人がいちいち考えなくても、自然に正しい反射行動がとれるのだそうだ。「よく生きる」ことは「よい経験をする」ことに他ならず、そうすれば「よい癖」がでるようになる。そして意識上の自分をあまり過信せず、謙虚な気持ちで暮らせばよいのだと著者はいう。

 またまた話は変わる。更にびっくりするような実験についても書かれている。どんな実験かというと、装置を使って被験者にボタンを好きなタイミングで押してもらうという簡単なものだ。しかしその時の脳の反応をみてみると驚くべきことがわかる。なんとボタンを押すという運動をつかさどる部位(「補足運動野」)が、実際にボタンが押される7秒前(平均)に活発化し始めるのだそうだ。これはどういう事かというと、自分の意志で「今ボタンを押そう!」と思ったときには、既に身体の方の準備は全て整っているというわけ。こんな話を読むと、「自由意志はよくできた幻覚」という著者の主張も納得できる気がする。(このエピソードについては『単純な脳、「複雑」な私』でも触れられている。)
 著者がこれらの知見をもとに、人間の脳が働く仕組みについて最終的にたてた仮説はつぎのとおりだ。

【一般的な生物の場合】
 生物は「身体感覚からの入力」を「脳で手際よく処理」して「適切な身体運動」を起こす。そしてその結果が身体感覚にフィードバックされてまた新たなサイクルの行動に移るという繰り返し。

【人間の場合】
 大脳新皮質が巨大化して主導権を握った結果、「身体感覚からの入力」を「適切な身体運動」に変換する仕組みを変化させた。脳は感覚器官による入力を演算してそのまま身体行動として出力するのではなく、出力をいったん入力に戻して、脳内でループ(内面化)させることを覚えたのだ。(例:本を読む際に声に出すのでなく、頭の中でだけ発音する。)そのように身体性を省略することで生まれたのが計算力や同情心、モラルといった機能。

 一見何の関係も見いだせない心理作用と行動に同じ脳回路が共用されていることから、おそらくこれらの異なる脳機能は系統発生的な根源を共有しているのではないか。一見高次で複雑に見える脳機能も、意外と単純な神経システムから「コオプト(CO-OPT)」(*)によって出来上がったのではないか。―― それが本書における著者の主張のポイント。だからこそ人は自分の心がどれほど身体や環境に支配・影響されているかをよく理解して、謙虚な心でよりよい経験を積んでいくことが大切なのだと著者は言う。

   *…本来は別の目的で機能していたツールを他の目的に転用すること。

 他にも「運動(身体)能力と勉強の関係」や「裏切った相手を罰することと脳の“報酬系”の関係」、「記憶保持の観点からみた効果的な勉強法」や「ひらめきと直感、あるいは論理的思考と推論的思考の違い」に「幽体離脱や神秘体験を生み出す脳部位」など、面白い話題が盛りだくさん。軽い語り口も読みやすく、ちょっと小腹がすいたときに食べるお菓子のような感覚のとても愉しい本だった。
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『翻訳ミステリー大賞シンジケート名古屋読書会/第10回』

 さる2月15日に「翻訳ミステリー大賞シンジケート」主催の読書会に参加して大変愉しい思いをしてきたので、熱い余韻が冷めぬ間にレポートにまとめておきたい。文章がきれいにまとまっていないが、そのうち正式なレビューが公開されるはずなので、これは速報のようなものと思ってご容赦いただきたい。

 まずは『翻訳ミステリー大賞シンジケート読書会』についてのご説明から。これは東京や大阪、札幌など全国各地で開催されている本好きを対象にしたイベントの一種。“翻訳ミステリー○○読書会”(○○には各地の地名が入る)という名前で数か月に一度開かれている。(*)

   *…念のために「読書会」とは何か簡単に説明すると、予め決めた課題本を参加者全員
     で読んできて、互いにその本の感想を述べ合うというものだ。(よく勘違いされる
     が、決してその場に集まって無言で本を読み合う会ではない。/笑)
 
 名古屋は全国でも活動が活発な地区らしく、書評家の大矢博子氏を幹事にしてこれまで9回の実施を重ねてきた。今回は記念すべき10回目ということで、昨年関西から名古屋に引っ越してこられた翻訳家・古沢嘉通氏をゲストに迎えて、『夢幻諸島から』(C・プリースト著)を取り上げることに。古沢氏はミステリファンにはおなじみのマイクル・コナリーの作品も訳しておられるのだが、英国SF協会賞などを受賞したプリーストの代表作にして、ミステリとしても読める本作にあえてチャレンジすることになったとのこと。(ちなみに『夢幻諸島から』は、2014年度版のSFブックガイド「SFが読みたい!」の年間ベスト投票でも堂々の海外篇1位を獲得している。)
 しかし自分も含めて近隣のSF読みが結構参加したことで、ふたを開けてみれば普段より多い40名近い人が参加。まるでミステリ好きとSF好きのコラボ読書会のような感じになっていた。

 開催場所は名古屋駅前にある貸会議室。受付開始は14:55からだが、せっかくなので昼過ぎに家を出て駅前のジュンク堂で本を物色したあと、JR高島屋の上にある献血ルームで好い景色を眺めながら今年初の献血。無料のドリンクを飲みながら本を読んで時間まで過ごすことに。
 地図をみながら時間ほぼぴったりに会場について会計を済ませると、当日のシステムの説明があった。それによれば今回は人数が多いのでテーブルを3つに分け、前半の80分はグループ単位でのディスカッションを行い、ついで休憩ののち全員での意見交換を行うとのこと。予め振り分けられたテーブルのシマに行って荷物を置くと、別のテーブルにはSF関係の友人の顔もちらほら。どうやらSF関係者は適当に振り分けられたらしい。自分のテーブルのリーダー(進行役)は幹事の大矢氏ご本人だという話を聞いて俄然緊張するが、古くからの友人のY氏も同じテーブルだったので一安心。大矢氏による詳しい段取りの説明を受けている間に、強風のための電車遅延で到着が遅れたスタッフの方も無事に到着してレジュメも配られた。テキパキと手際よく進むのでみていて気持ちがいい。当日の段取りは概ね次のとおりだ。

 1.3つのテーブルでリーダーの司会により参加者の自己紹介。(事前の問い合わせ通りに
   準備されていた名札を胸に下げる。名札に書かれている名前は本名やニックネームなど
   さまざまなものが事前申請通りに書かれている。)
 2.自己紹介とともに、『夢幻諸島から』全体の感想と収録短篇(注:本書はガイドブック
   の体裁をした連作短篇集)のなかから、自分の印象にのこった島の物語(=短篇)を述
   べる。各自の感想はリーダーがホワイトボードに次々と板書されていく。
 3.一巡したところでフリーディスカッションに。謎と矛盾にみちた本書の中でとりわけ
   疑問に思った点について自由に意見を出し合うことで、自分では思いつかなかったよう
   な解釈が他の参加者の方から述べられる。そしてそれが触媒となってまた新たな意見が
   出され、ディスカッションは次第に熱を帯びたものになっていく。
 4.時間がきたら一旦ディスカッションを止めて、次いで「本書の次に読むとしたらどんな
   本がお薦めか?」というテーマで意見を出し合う。(予想もしなかった本の名前が出た
   りしてこれもまた愉しい。)以上でグループ討議は終了。ここまでで、いつの間にか
   1時間半以上も過ぎていたので驚いた。
 5.休憩の間に部屋を模様替え。各テーブルのホワイトボードを横一列に並べ、その前に全
   員が椅子を移動して車座になる。各グループのリーダーが順番にそれぞれのテーブルで
   出た意見(本書でいえば謎に対する仮説など)を紹介し、板書を見ながら参加者同士に
   よる意見交換を行う。
 6.最後に事前に募集した「推薦文コンテスト」の作品紹介と優秀者の表彰が行われて終了。

 ざっと書いただけでも、とてもうまい運営だったことがお分かりになると思う。正直いってこれまで参加した色々な読書会の中でもピカイチの進行だった。
 素晴らしいのは当日の段取りばかりではない。天候の都合で残念ながら配布が開始ギリギリになってしまったが、当日配られた全12ページのレジュメも素晴らしい出来だった。本来なら受け付け時に渡されて開始までに目を通せるように作られていたのだろうが、読書会終了後に改めて目を通すとこれがまた良い出来。著者プロフィールや邦訳作品紹介といった基本情報はもちろん、「夢幻諸島の旅行者タイプ別お勧めツアー」とか「登場人物一覧」(錯綜する物語なので読書会中もこのリストが有り難かった。)などが載っていて、眺めているだけでも本書を読んだ時の興奮と読書会の雰囲気が甦ってくるようだ。(自分が寄稿した小文も載っているがそれはまあご愛敬。/苦笑)イラストレーターのよしだ熊猫氏によるイメージイラストもあり、美しく見やすいレイアウトはさすが10回を数える老舗読書会の面目躍如といったところだろうか。うちの会社の若い奴にプレゼンテーション資料の見本として見せたいくらいだ。(笑)

 本書を読んでいない方には何のことか分からないが、せっかくなので当日のディスカッションで出た意見の中から、自分が特に印象に残ったものを以下に挙げておきたい。(おそらく後日詳細なレビューが発行されるとは思うが、とりあえずの備忘録として。)これは一般的なミステリファンの方の意見として割と代表的なものではないだろうか。少なくともプリーストのファンを自認する大方のSF読みの意見とは違っていると思う。大変に面白かった。
 ■ミステリファンは本書のように答えが明示されていない物語にも、何とかして整合性の取
  れた唯一の解を見つけ出そうとする。
 ■個々の短篇は面白い物も肌に合わないものもあり、全体を通すとデパートの物産展やおせち
  料理のお重、もしくは高級チョコの詰め合わせやバイキング料理のような雑多な印象。
 ■序章から最初のあたりが読みにくくて挫折。訳者の古沢氏のアドバイスに従って凶悪昆虫
  スライムが出てくる「大オーブラック」まで飛ばして初めて読み進むことができた。最後
  に序章に戻ったが矛盾だらけでやっぱりよく分からない。
 ■パントマイム芸人・コミサーを殺した犯人は誰か?というミステリーチックなところがとて
  も印象に残るが、結論がないのでフラストレーションが溜まる。
 ■印象に残ったエピソードおよび感想は、「不老不死の処理をおこなう島・コラゴ」「作家
  チェスター・カムストンと批評家エズラ・カウラーにまつわる島・ローザセイおよびピケ
  イ」「やたら多くのエピソードに顔を出しては女性に手を出す画家ドリッド・バーサース
  ト(出てくる意味が分からない)」「ラストに配置されたヨーとオイのエロチックな話
  ヤネット(とても異質)」「軍用の無人機が出てくるミークァ/トレム(ひとつの独立し
  た作品としてみても傑作)」「死せる塔/シーヴル(塔が不気味、象徴的に使われるガラ
  スの意味が分からない)」「ローザセイでカウラーが出会う煙のようなチェスターの亡霊
  (何の意味があるのか?)」「カウラーとその替え玉のダント・ウィラーの一連のエピソ
  ード(どちらが先に死んだのか?)」などなど。

 続いてディスカッションの中から出てきた仮説をいくつか。(作品中に解答はないので、このような解釈もできるという一例としてご紹介。)
 ■あちこちにの島に穴をあけては立ち入り禁止にするヨーとオイの物語は神話性が高い。
  実は古事記のイザナギ・イザナミのような「国産み(くにうみ)」の暗喩ではないのか。
 ■プリースト作品に多くでてくるガラスは、角度によって透明性と鏡面性をもつため、
  (同様によく登場する双子と同じく)両義性の象徴として使われている。
   ※これは古沢氏による参考コメント
 ■あちこちに顔を出すバーサーストは実は不死人だったのではないか?
 ■ローザセイの煙のような亡霊にカウラーが触れ、その後ウォルターと会った時に実際に血
  がついているのは、実はスライムに襲われたことの暗示ではないか。とすれば、カウラー
  こそが実は不死人であり、ウィラーとの死亡時期の矛盾も隠遁が理由ではないのか。

 読書会自体はこのようにとても充実した内容で終了時刻の18:00まで白熱したものになった。殆どの人はどうやら恒例となっているらしい2次会に参加するようで、そのまま近所のスペイン料理居酒屋へとなだれ込むことに。(自分も友人数名とともに参加。)まだまだ話し語り足りない諸々を(ここでは書けないような裏話も含めて/笑)、古沢氏やスタッフの方々とすることができた。いちおう2次会は2時間でお開きになったのだが、名残惜しい面々はいくつかのグループに分かれてそのまま3次会へ。我々も喫茶店で珈琲を飲みながらミステリとSF、黒岩涙香や江戸川乱歩、シャーロック・ホームズにスタニスワフ・レムといったジャンル横断の話に花をさかせ、閉店の22:00までおよそ7時間余りを本の話に終始するという、活字中毒者にとってはまるで夢のような時間を過ごすことが出来た。多くの新しい方と親交を深めたり友人と旧交を温めたりできたのも、さらに嬉しいことではあった。あまりに愉しかったので帰りの電車で駅を乗り過ごしてしまい、吹きさらしのホームで折り返しの電車を20分も待つ羽目になったのは笑い話。
 最後になるが、今回これほどまでに充実した経験が出来たのは、入念な準備と素晴らしい当日の進行をしてくださった大矢氏を始めとするスタッフの皆さん、そして不慣れなSFというジャンルにも果敢に挑み、深い読みと活発な意見交換をしてくださった常連参加者の皆さんのおかげということで、この場を借りて厚くお礼を申しあげたい。どうも有難うございました。

<追記>
 そんなこんなで初参戦した読書会ではあったが、結果からすると大成功。このままやみつきになってしまいそうな気配すらある(苦笑)。次回は5月、課題図書はチャンドラーの『長いお別れ』とのこと。ハードボイルドは殆ど読んだことが無いので若干不安もあるが、親切なスタッフのみなさんにお薦めされたこともあり、また参加してみようかと考えているところではある。

<追記2>
 ゆうべ急いで書いた記事だったので、見返すとあちこちに抜けがあった。本当は名古屋在住の推理作家・太田忠司氏が一般参加されていた話も書きたかったのだが、やはり慌てると宜しくないね。せめて会場で出た「次に読むのにお奨めの本」の中から、特に自分の印象に残ったものを挙げておくことにしよう。選考の基準は人それぞれで、「答えがない話」だとか「島めぐりの話」とか、「変な生き物が出てくる」等々。なるほどと思うのもあれば、ちょっとこじつけじゃないの?というのもありとても愉しかった。(本当はこれの何倍もあったのだが、とても全部は書きとめられなかった。)

 『アブサロム、アブサロム!』(ウィリアム・フォークナー)
 『紙葉の家』(マーク・Z・ダニエレブスキー)
 『フィッシュ・ストーリー』伊坂幸太郎
 『ゲド戦記』アーシュラ・K・ル=グイン
 『ヴァーミリオン・サンズ』J・G・バラード
 『アバラット』クライブ・パーカー
 『グラン・ヴァカンス』飛浩隆
 『ドリトル先生シリーズ』ヒュー・ロフティング
 『ムーミンシリーズ』トーベ・ヤンソン
 『高丘親王航海記』澁澤龍彦  etc.

 ちなみに自分が選んだのは『ミステリウム』『パラダイス・モーテル』(いずれもマイクル・マコーマック)や『酔郷譚』(倉橋由美子)、『十二国記』(小野不由美)といったあたり。もちろんプリーストの他の作品『限りなき夏』『奇術師』『双生児』なんかも出ていたのでご心配なく。(笑) 


『味覚の探究』 森枝卓士 中公文庫

 森枝卓士氏による食のエッセイ。ウィキペディアによると森枝氏は写真家・ジャーナリストとのことだが、自分にとってはあくまでも“食のエッセイスト”という位置づけ(笑)。本書は他の著作のように「カレー」とか「お菓子」といった個別テーマではなく、「食を追究するとはどういうことか?」をテーマに書かれている。
 氏のエッセイは例えば玉村豊男氏と同じくスタンスが一貫しているのが特徴で、その内容にも納得できるものが多い。たとえば第四章(「美味しい」を伝える)では、テレビや安手の雑誌にあるようないい加減な表現でお茶を濁すのでなく、本当に美味しい味をきちんと伝えるにはどうあるべきかについて真剣に悩む様子が書かれていたり。(個人的にはこの章が本書の白眉かな。)
 また「 『料理は愛情』といったレトリックは、『戦争に負けたのは、根性がなかったから』みたいなものだと思う」という文章にはすごく納得した。手作り料理の礼讃によって「家庭的で料理の上手い女性は魅力的」なんて発言も嫌だし、かといって愛情を免罪符にして調理技術の向上が無いのも面白くない。(もちろん誰かに喜んでもらおうと一生懸命料理の腕を磨くことの価値は否定しないけどね。)
 けっして愛情が無いから料理が下手なわけではないし、逆にマスターの性格が悪いのに料理は抜群に美味い店というのも残念ながらあるんだよねえ。前々から愛情と料理の腕前といった、尺度の違うものを合わせて論じようという姿勢に対してモヤモヤしたものを感じていたので、これだけはっきり言ってもらえるとむしろ気持ちが良い。
 「舌が肥える」ということについての話も興味深い。氏によれば、どんなものが「旨い(美味い)もの」かを説明する事はできないが、美味いものを食べ続けていれば不味いものに出会ったときすぐに分かるのだという。しかし逆に不味いものばかり食べていても、美味い物はわからないのだとも。また普通に食べ歩きをしているだけでは感じられないが、集中して同じもの(たとえばラーメン)を食べ歩くことで、味の微妙な違いが見えてくるらしい。
 違いが分かる事がすなわち幸せなこととは限らないとも書かれていて、さもありなんという気もする。これまで美味しく食べていたB級グルメが不味く感じられてしまったら、人生の楽しみがひとつ減ってしまうわけだものなあ。しかし一方では、あるレベルに達しないと愉しめない美味しさもあるとのこと。要するにどちらが上ということではなく、美味しさの質がそもそも違うのだとも。うーん、奥が深いね。

   *…もしかしたら本や映画や音楽といった創作物、いやあらゆる仕事の成果でもこれと
     同じことが言えるのではないだろうか。

 仕事の関係もあって食に関する本を見かけると手に取るようにしているのだが、中でも「食べる」ということ自体について書かれた本は読みごたえがあって好きだ。辺見庸氏の『もの食う人々』とか松本仁一氏の『アフリカを食べる』などと同じく、本書もちょっと真剣に「食べること」について考えることができて好かった。
(単に食い意地が張っているだけともいうが。/笑)

『あわいの力』 安田登 ミシマ社

 能楽師であり古代漢字の研究者でもある著者が、「身体感覚」を通じて心にまつわる諸々について綴ったエッセイ(というかなんというか、分類不能な一冊)。この著者は以前『身体感覚で「論語」を読み直す』(春秋社)という本を読んでべらぼうに面白かった。白川静氏にも共通する漢字への豊富な知識や、「能を舞う」という特別な体験を基にした知見は、他の著者では得られない一種独特の視点を与えてくれる。
 本書の題名にある「あわい」とは、媒介という意味をあらわす古語だそうで「あわい・あわひ(間)」と書く。ここでは“こちら”と“あちら”をつなぐキーワードとして使っていて、たとえば夢幻能でいえば著者がつとめるワキこそが(多くは亡霊や精霊である)シテと現実の世界をつなぐあわい/かけはしとなる役割を果たすという。
 先の『身体感覚…』にもでてきた著者の仮説(本人は“妄想”とも言っている/笑)があって、それは人間に「心(≒自己意識)」が生まれたのは僅か3000年ほど前ではないかというもの。殷の時代の中国で文字(甲骨文字)が発明されてからだというのだ。
 文字により記録が出来るようになると、まず過去や未来という時間の観念が生まれた。そして過去の記憶による“後悔”や未来に対する“不安”が生まれるとともに、それを感じる「自分」というものができたのではないかという。人類は二足歩行を覚えることによって繁栄することができたが、それと同時に直立姿勢からくる新たな病気も抱えることになった。「心」もそれと同じで、自意識をもつことで得られた利点も勿論あるが、一方でそれまで経験した事のない悩みや苦しみが生まれたのだという。そして500年ほどして釈迦や孔子が、1000年ほどしてイエスが登場し、心から生まれるそれらの様々な苦しみに対する処方箋を考え出した。しかし現在ではその効能も薄れ、また限界に達してしまっている…というのが大まかな流れ。
 著者自身も言っているように、これがどこまで正しいかは分からないが、古代ギリシア語やヘブライ語などにおいて「心」にあたる単語を探ってみたりと、少なくとも思考実験としては大変に面白い。(第八章「無限と有限をつなぐ『あわい』」などは、三木成夫氏の『胎児の世界』にも匹敵する想像力だが、一線を越えてしまうギリギリのところで踏みとどまっている感じがする。/笑)
 安田氏の姿勢の根本にあるのは、きっと未知の世界の持つ面白さやすごさを愉しもうという気持ちなのだと思う。だから押しつけがましい部分がなく、けっこう「えー、本当かな?」という内容を読んでいてもさほど抵抗が無いのだろう。(信じるかどうかはまた別の話だが。)色んな意味で刺激になるので、松岡正剛氏や中沢新一氏の著作と同じような読み方をするといいのではないだろうか。
 全体を通しての主張をひとことでまとめると、「自分の心に“異界”を呼び込むための“空白”の空間と時間をつくりたまえ」ということになるだろうか。そのためには実用の学ばかり覚えるのではなく、いわゆる「役にたたない」知識に触れる機会と、それを身に着ける心の持ちようが有効であると、まあそんな感じ。それこそが題名にもなっている「あわいの力」なのだという。
 著者いわく、読んだ人が少しの間でも自分を縛る「心」から自由になれるように―― という気持ちで書いたというだけあってかなり自由奔放な書きぶりなので、思惑どおりちょっと不思議な気分に浸ることが出来た。

2014年1月の読了本

『バベットの晩餐会』 イサク・ディネーセン 筑摩書房
  *イサク・ディネーセン(ディネセン)は、デンマークを代表する作家カレン・ブリク
   センが英語で作品を発表するときの筆名。最近『七つのゴシック物語』が白水uブッ
   クスで復刊されるなど、個人的に(笑)盛り上がりを見せている作家のひとり。本書
   には映画にもなった表題作ともうひとつの短篇「エーレンガート」を収録。もともと
   は『運命綺譚』(ちくま文庫)に収録されている作品とセットだったらしいが、日本
   で刊行されるときに分けられたらしい。
『白熱光』 グレッグ・イーガン 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
  *オーストラリアを、いや今では現代を代表するハード系のSF作家イーガンの最新長篇。
   イーガンは未来の世界を単にテクノロジーの進化だけでなく、それがもたらす社会
   意識の変容まで含めて描くのが特徴なので、慣れないと少しとっつきにくいかもしれ
   ないが、SFだけが持つ種類の面白さに満ちている。本書では人類の遥か先の子孫が主
   人公の章と、どことも知れない過酷な環境で暮らす異星人の科学史とサバイバルを描く
   章が交互にならび、それらがどう絡んでくるかが大きなポイント。“ハードSF作家
   イーガン”の、現時点での最高作かもしれない。堪能した。
『怪奇幻想ミステリーはお好き?』 風間賢二 NHKテキスト
  *NHKラジオのテキスト。「NHKカルチャーラジオ 文学の世界」で1月9日~3月27日ま
   で放送される、翻訳家にして大学講師の風間賢二氏による文学史講義。まだ怪奇幻想
   (ゴシック)と未分化だったころを中心に、ミステリの誕生からの初期の歴史を紹介
   する。前半はゴシック・ロマンスからエドガー・アラン・ポーを経て、やがてホーム
   ズやルパンが生まれるまでの欧米における発展について。後半は日本における歴史で、
   黒岩涙香たちの翻案による欧米小説の紹介から、国産冒険小説の誕生と新青年による
   探偵小説の隆盛まで。こういう繋がりで読むミステリの歴史は初めてなのでとても愉
   しかった。今のところラジオも欠かさず聴いている。
『乱歩の選んだベスト・ホラー』 森英俊・野村宏平/編 ちくま文庫
  *上述のNHKラジオテキスト『怪奇幻想ミステリーはお好き?』では乱歩の怪談に関する
   エッセイ「怪談入門」が言及されていた。本書はそのエッセイを基に、中で紹介され
   た作品を抜粋して収録したアンソロジー。かなりの有名作も多いが、乱歩がそれらを
   どう読んで自作品にどう反映したかが分かって興味深い。超有名なジェイコブズ「猿
   の手」やエーヴェルス「蜘蛛」などは別格として、それ以外に自分の好みに合ったのは、
   ナメクジ状の化け物が怖いE.F.ベンスン「歩く疫病(ネゴティウム・ペランブランス
   )」、正統派幽霊モノのマーガレット・オリファント「廃屋の霊魂」、魅力的な小道具
   である鏡がうまく使われたジョージ・マクドナルド「魔法の鏡」あたりか。ボーナスト
   ラックとして巻末にエーヴェルス「蜘蛛」をベースにした乱歩の「目羅博士」も収録さ
   れていて、両者の比較が愉しい。
『記憶のしくみ(下)』 ラリー・R・スクワイヤ/エリック・R・カンデル 講談社ブルーバックス
 *分子生物学の観点からみた「記憶」のメカニズムに関する最新知見を紹介した本。
  (専門用語が多いので、この手の本に慣れていない人は読み進むのにちょっと苦労するか
  も知れない。)12月に出た上巻ではDNAやタンパク質合成による、記憶貯蔵における基
  本的な分子のメカニズムと、学習によりシナプス結合が変化するメカニズムを解説して
  いたが、。下巻である本書では記憶の貯蔵に関して「認知神経科学」の観点を分子生物学
  の研究成果で補足する形で話が進む。
  視覚の体験は視覚領域に皮質の変化をもたらして、文字通り「ものの見方」に影響を与え
  るという話が面白い。例えば風景画家は木をみてもコンピュータープログラマーとは違う
  見方をするということ。本好きはそうでない人とは別の文/文章を見ているということか。
  また(意識しているとしていないとに関わらず)以前見たものには好意的な判断を下すら
  しい。本好きを育てたければ、小さな子供には内容は何でもいいからまず本を読ませろと
  いうのは正しいのかも知れない。「直感」「気質」や「好み」「習慣」の多くはおそらく
  学習されたものであり、それは非陳述記憶(意識されることのない無自覚な記憶)によっ
  て支えられているという指摘も鋭い。
『味覚の探究』 森枝卓士 中公文庫
  *もとは写真家にしてジャーナリストとのことだが、著作は食に関するものが殆どなので
   自分の中では完全に“食のエッセイスト”という位置づけ(笑)。本書は「カレー」と
   か「アジア料理」といった個別テーマではなくて、「食を追究とはどういうことか」を
   テーマに書かれている。個人的には第四章の『「美味しい」を伝える』が圧巻だった。
   テレビタレントや安手の雑誌のようないい加減なレポートでなく、本当に美味しいもの
   の味を如何に言葉で伝えるかについて考察されている。旨い(美味い)というものの
   正体は分からないが、美味い物を食べ続けていると不味い物はわかるようになるのだと
   いう。そして不味いものばかりたべていると美味い物は分からないのだとも。なるほど
   ねえ。
『魔女物語』 テッフィ 群像社
  *ロシア生まれの亡命作家テッフィによる、スラブに伝わる妖怪たちを題材にした連作短
   篇集。群像社ライブラリーの妖怪ものはO.ソモフ『ソモフの妖怪物語』以来2冊目だが
   これもまた面白い。実際に妖怪たちが現れるわけでは無く、例えば京極夏彦のミステリ
   のように人の心にふとよぎる魔であったり、不可解な事象がおこること自体がすなわち
   妖怪であったりする。訳者あとがきにもあるように、これらの妖怪はおそらくスラブの
   民族の心性や精神構造に根差したものなのだろう。恐ろしさとともに、独特の物悲しさ
   や滑稽さも併せ持っていて興味深い。
   全15篇の収録作の中には魔女(ヴェヂマ)や吸血鬼(ヴルダラーク、ウプィリ)という
   割とポピュラーな妖怪もあるが、「風呂の魔(バーンニク)」や「森の魔の女房(レシ
   ャチーハ)」といった初めて聞く名前も。特に気に入ったのは「家の魔(ドモヴォィ)」
   に「家鬼(ドマーシニイ)」、「妖犬」「うろつく死人」といったところ。あ、それから
   スタニスワフ・レムの不可思議ミステリファンタジィ『捜査』に出てくる甦る死体とい
   うのが、もしかしたら昔から伝わる「うろつく死人」の伝説なのではないかと気付けた
   のは、レムファンとして嬉しかった。
『あわいの力』 安田登 ミシマ社
  *能楽師であり古代漢字の研究者でもある著者が、「身体感覚」を通じて心にまつわる
   諸々について綴ったエッセイ(というかなんというか、分類不能な一冊)。題名にある
   「あわい」とは、媒介という意味をあらわす古語だそうで「あわい・あわひ(間)」
   と書く。“こちら”と“あちら”をつなぐキーワードとして使っている。たとえば夢幻
   能でいえば著者がつとめるワキこそが(多くは亡霊や精霊である)シテと現実の世界を
   つなぐあわい/かけはしとなる役割を果たしたのだとか。ちょっと不思議な気分になれ
   る本だった。
『砂男/クレスペル顧問官』 ホフマン 光文社古典新訳文庫
  *表題の2作品に「大晦日の夜の冒険」という作品を加えた短篇集。どんな基準でこれらを
   選んだのかと思ったら、これら3作品はジャック・オッフェンバックのオペラ「ホフマン
   物語」の原作になったものなのだそう。「砂男」の自動人形のモチーフや、主人公ナタ
   ーナエルの狂気にはやはり何度読んでも引き込まれるし、「クレスペル顧問官」の哀切
   も悪くない。「大晦日の夜の冒険」を読んだのは今回が初めてだったが、シャミッソー
   の「影を売った男」がゲスト出演するなどサービス満点。これまた愉しめた。
『皆勤の徒』 酉島伝法 東京創元社
  *イマジネーションの極北の連作短篇集。4つの作品とその間に挟まれた断章によって、
   異形の人類の未来史が語られる。著者の酉島伝法氏は円城塔氏と並んでそのまま世界に
   通用するレベルではないかな。始めのうちは著者独特の造語を駆使した異様な文章に戸
   惑うが、実はイーガン『白熱光』にも似てしっかりしたハードなSF的設定をもつ。造語
   の多用は、異形の世界を今の言葉で分かりやすく表すのでなく、そのままに表現しよう
   としているからで、感覚的には飛浩隆『グラン・ヴァカンス』や筒井康隆『驚愕の曠野』
   のような感じか。とっつきやすさから言えば最後の「百々似(ももんんじ)隊商」から
   読み始めて、ついで学園ものの雰囲気もある「洞(うつお)の街」、ハードボイルド調
   の「泥海(なずみ)の浮き城」、最後に表題作の「皆勤の徒」を読むのがいいかもしれ
   ない。大森望氏による懇切丁寧な解説が併録されているのもgood。話についていけなく
   て途方にくれるようなら、解説を先に読んで設定を理解してから愉しむという手もある
   ね。
『ALL WAYS Ⅳ』 開高健 角川文庫
  *あちこちに書かれた雑多な文章を集めた、落穂ひろい的なエッセイ集の4巻目。本書に
   は著者最晩年の1987年から89年に書かれたものを集めてある。時代的には『オーパ、
   オーパ!!』のモンゴルやスリランカのころなので、自然に関するエッセイが中心で、
   肩の凝らない読み物になっている。(中には、絶筆となった『珠玉』に関係するムーン
   ストーンの記述もあったりして、開高ファンはさらに愉しめるかも。)
『エノケン・ロッパの時代』 矢野誠一 岩波新書
  *戦前から戦後を代表する東京喜劇人の2大巨頭の生涯をたどる芸能史の本。プライドの
   高かった古川ロッパ(緑波)と、笑いに貪欲で喜劇王の名をほしいままにした榎本健一
   (エノケン)というふたりの、全くことなる芸風が好対照。自分の知らない時代の芸
   能史は興味深い。古川ロッパは貴族院議員である男爵の家に六男として産まれたそうで
   実兄は弁護士であり探偵小説作家の浜野四郎。早稲田大学に進学(途中退学)したほど
   のインテリで、当初は役者になどなるつもりは無かったらしい。声帯模写などが得意で
   基本的にディレッタントであり、いい意味でも悪い意味でもアマチュア意識をもちつづ
   けた。一方の榎本健一は鞄屋(のちに煎餅屋)の長男として産まれ、中学には進学した
   が学業には興味がなく一日も出席しなかったらしい。音楽的才能やリズム感に優れ、
   レビューや体を張った笑いに長ける。こちらはまさにプロといった印象。あと何十年か
   したらドリフやコント55号、ザ・マンザイや「オレたちひょうきん族」についての芸
   能史も書かれるのだろうねえ。それとも、もうあるのかな?
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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