追悼 殊能将之

 本日2013年3月30日の昼過ぎ、ツイッター上でミステリ作家・殊能将之氏の訃報が飛び交った。このブログではあまりこのような話題には触れないようにしているのだが、今回だけは特別にお許しいただきたい。

 翻訳家・書評家である大森望氏のコメントは次のとおり。
 「ミステリ作家の殊能将之氏が今年2月11日に亡くなりました。享年49。ご遺族の意向で伏せられていたそうですが、殊能氏と縁の深い雑誌「メフィスト」の最新号に訃報と追悼記事が掲載されています。殊能氏とは、彼がまだ学生だった頃からの付き合いでした。とにかく残念です。」

 殊能氏は自分にとっても特別な作家だった。まさに大森氏と同じく、彼が作家となる前の学生時代からの知り合いだったから。(上記の大森氏や殊能氏を取り巻く有象無象の関係者の内に自分もいて、年齢も同じだったのです。)
 初めて合ったのは大学のサークル関係の集まり。氏と学校は違ったのだが、東海地区の主要大学で作るサークルの交流会で、友人から「大学のサークルに凄いメンバーが参加してきた」と紹介されたのが最初だった。実は自分が高校時代から愛読していた雑誌の中に、大学教授が相対性理論について解説するコーナーがあり、そこに幾度も鋭いコメントを投稿して感嘆した教授によって「福井の天才少年」とあだ名を付けられた人物がいたのだが、実はそれが彼・T氏だったのだ。(自分にとっては殊能将之氏というより、今でもその頃からの呼び名であるT氏といった方がしっくりくるので、これからはそちらで書かせてもらおう。)
 
 知り合ってからも、彼の才気あふれる会話や博識には舌を巻く場面が多々あった。彼のブログ(現在は諸事情により閉鎖)やツイッターでのつぶやきを見た人にはお馴染みの、少し斜に構えたような冗談やコメントは当時からのもの。仲間内でも一目置かれる存在だったのは言うまでもない。(しかしそれは繊細で傷つきやすい自分の心を守るための、彼独特の“ポーズ”だったのかも知れない。)
 決して嫌味な態度ではなく相手の立場になって話す姿勢は、彼を知る誰からも慕われていたように思う。仲間内で話題になっていたイギリス作家バリントン・J・ベイリーのペーパーバック(*)をどこからか手に入れて読み、愉しそうにストーリーを語ってくれた時の彼の顔を、まるで昨日のことのように憶えている。

   *…まだ邦訳が出ていなかった『禅銃(ゼンガン)』というSF小説の英語版。その頃
     ベイリーの本はまだ『時間帝国の崩壊』『カエアンの聖衣』という2作しか邦訳が
     出ていなかったはず。

 しかし自分は学校が違っていたためそう頻繁に会うこともなくなり、友人を通じて消息を聞く程度に。学校を卒業して就職してからはさらに疎遠となってしまい、風の噂で彼が東京に行き出版関係の仕事についているとか、身体を壊して故郷の福井に帰ったなど、ときおり話を耳にする程度であった。
 転機が訪れたのは1999年。何気なく立ち寄った本屋で見かけた講談社ノベルズのミステリ新刊。第13回メフィスト賞を受賞と書かれたその本『ハサミ男』を開くと、「もしかして学生時代の知り合いでは?」と思えるプロフィールや献辞の文章が書いてある。サイコミステリは苦手な性分なので、気になりつつもつい手に取らずにいた自分が、話題のミステリ作家・殊能将之氏が実はT氏であったと知ったのは、さらにそれから半年後の事だった。思い返せば、学生のころからあまり自分の私生活を語らない彼の姿勢は一貫していたように思う。そのため状況証拠は色々あったのだが、大学時代の友人からはっきりと聞くまでは確証が持てなかったのだ。その後、さっそく買ってきて一読、その面白さに圧倒されると同時に「やったなT氏」と何だか自分まで誇らしげに感じたのが懐かしい。
 学生時代からずば抜けた才能の持ち主だったT氏の再出発は、彼を知る友人たちによって温かく迎えられた。毎年、正月と夏の年2回、当時の仲間内で飲み会を開いているのだが、しばらく忙しくて連絡も途絶えがちになっていた自分が久しぶりに参加した時、福井からわざわざ名古屋まで来た彼とおよそ十年ぶりくらいで会えたのは、第二作『美濃牛』が出た直後だったろうか。(**)

  **…横溝正史『八つ墓村』へのオマージュとも取れるこの傑作。実は登場人物のキャラ
     や名前が大学時代の友人たちのもじりになっているのだ。我々にだけ分かる彼の
     ひみつのメッセージに気づいた時、どれだけ愉しくまた嬉しかったことか。

 その後の彼の「殊能将之」としての活躍は周知のとおり。ミステリとしては反則ギリギリの問題作『黒い仏』の後は、うって変わって完璧な本格ミステリ『鏡の中は日曜日』。ノベルズで企画された“密室本”の一冊として(袋とじで)出版された『樒/榁(しきみ/むろ)』に、ミステリーランドの初回配本となった『子どもの王様』。そしてセルバンテスの『ドン・キホーテ』にムアコックのファンタジーのパロディを隠し味で加えた快作『キマイラの新しい城』などなど。一作ごとに変化するその作風や題材、惜しげもなく投入される多くの知識とずば抜けたセンスは、純粋に一読者としても存分に愉しませてもらった。
 読者(もしくは書評家)としての彼は、ミステリよりむしろSFについて造詣が深かったように思う。(もちろんミステリも半端ではない読書量だったのだが。)その片鱗はアヴラム・デイヴィッドスンのオリジナル短篇集『どんがらがん』の編纂や、同じくデイヴィッドスン『エステルハージ博士の事件簿』の解説を通じた再評価に見ることが出来る。なにせ主要な作品を原著で読んでいて的確な判断を下すからすごい。こちらはただ彼の話を感心して聞くばかりだった。
 彼はその後『ハサミ男』が映画化された後くらいまで、年2回の飲み会によく参加してくれた。それなりに老け顔になりながらも元気そうな彼や友人たちと一緒に過ごした愉しい時間が、今となっては懐かしい。再び体を壊したとのうわさを聞いたのはその後しばらくしてから。それでも退院してからはツイッターで元気なつぶやきをしてくれて安心していたのだが...。

 彼の訃報を友人経由で教えてもらったのは、少し前のことだった。本当かどうか確証がもてないまま、沈黙を続ける「殊能将之」のツイッターを覗いてみることもしばし。「んじゃまた」と書かれたつぶやきに新たな言葉が加わることは無いというが、どうにも実感がわかない。また朝になれば「オイッス!」と元気な書き込みをしてくれるような気がしてならない。――そんな中途半端な気持ちのまま今日まで来てしまったが、正式にあちこちで公表されたところを見るとおそらく本当の事なのだろう。
 今現在もツイッター上では呆然とする彼のファンの人たちの書き込みが続いている。次の号のメフィストが書店に並ぶ数日後までは混乱が続くだろうが、自分としては今日こうして思いのたけを吐露することで、やっとひと区切りがつけられそうな気がする。

 稀有な才能をもった作家・殊能将之氏の訃報に際して、深く哀悼の意を表します。そして長いつきあいの友人のひとりとしてひと言。Tさん、またいつか皆がこの世でやるべきことを果たしたら、あの世でまた会いましょう。その時はまた愉快なバカ話を聞かせてください。それまで一足先に行って待っていてくださいね。んじゃまた。

<追記>
 上記の記事を書いた数日後、メフィストが書店に並んだ。法月綸太郎氏と大森望氏のお二方による、殊能将之氏の追悼文が掲載されたものだ。殊能氏が敬愛しながらも生前一度も顔を合わすことがなかったという法月氏は、言ってみれば「読者代表」とでもいうべき立場での悼辞。そして学生時代から見知った関係であった大森氏は、当時の思い出を語ったいわば「友人代表」としての悼辞。対照的なおふたりの文章ではあったが、いずれも氏に対する思いが伝わってくる良い追悼だった。
 もう殊能将之による新作が発表されることはない。でも彼が遺したものを読み継ぐことで、これからも彼は心の中に生き続ける。なにより友人たちの心の中に…そんな風に思うことで、また明日から一歩踏み出していこう。我々がこうして前を向いていくことが、彼のためでもあると思うから。
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「ラファエロ」展

 昨日今日(3/23,24)と、大学生の子供の下宿を引っ越すために東京へと行ってきた。3月初旬にも子供の手術(*)の付き添いで行ってきたところなので、仕事の出張も加えるとわずかな期間に3度目の上京。

   *…当ブログに前からお越し頂いている方はご存じだと思うが、昨年の6月に雨の日に
     自転車で転んでしまい、脚の骨を折る大ケガで一か月近く入院。今回はその時に
     太ももに入れたボルトを抜く手術でした。それほど大変な手術ではないが、やはり
     家族の立会いが必要とのことで急遽決まったものでした。
 
 しかし転んでもタダでは起きない性分。昨日はせっかくだからと僅かな時間をぬって、千鳥ヶ淵まで満開の桜を見に行ってきた。(もちろんそのあと神保町へも。/笑)本当は上野まで足を延ばして円空展やエル・グレコ展に行けると良かったのだが、さすがにそこまでの時間も体力も無かったのが残念。でも初旬には絵画展に行けたからいいや。というわけで、今回は先日行ってきた絵画展についてちょっと書いてみたい。

 行ったのは「ラファエロ」展。3月2日から6月2日まで上野の国立西洋美術館で開かれていて、彼の傑作「大公の聖母」の公開はもちろん、ラファエロ展自体が日本で初めてとの事。こういった貴重な作品がちょっと足を延ばせば直接見られるのだから、首都圏の人は本当にうらやましい。(街自体が美術館である京都や奈良の人も羨ましいが。/笑)
 ちなみに少しおさらいをしておくと、ラファエロ・サンツィオはイタリア・ルネッサンスの巨匠のひとりで、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロと同時期となる15世紀後半から16世紀前半に活躍した人物。(日本でいえば室町時代にあたるね。)生年は1483年で1520年には僅か37歳で早逝している。

 ラファエロはもともと自分が好きな画家だったのに加え、今回はイタリア・ルネサンスの時代の作品が集中的に観られる貴重な機会。キリスト教文化全般にも昔から興味があるので、とても楽しみにしていた展示会だった。(こんなに早く3月に行けたのは偶然だが、どのみち会期中には観に行くつもりではあったわけだが。)実見した印象は、噂にたがわぬラファエロの天才ぶりにうっとり(笑)といったところ。これぞまさに“眼福”と言える時間を過ごすことができた。
 今回の展示会で改めて実感したのは、当時の画家は注文に応じて絵を描く「職人」だったということ。自らの思いのままに絵のテーマを追求する近代画家とは違い、当時の西洋画家というのはあくまでもキリスト教団や封建貴族といった“パトロン”に雇われる一種の宮廷画家の位置づけ。したがって絵の種類(注文)はキリスト教に関する宗教画か、貴族たちの肖像画がほとんどということになる。(これは以前聞いた話なのだが、今回展示会を観ているうちに思い出した。)
 実際のところ、当時の西洋絵画は画題(**)もおおよそ決まっているので、主要な画題を知っていると鑑賞がさらに愉しくなる。どんなものかというと、たとえばイエスの生涯で特に有名なエピソードを画題としたもの。生まれたばかりのイエスを東方の三博士が訪れて祝福するシーンだとか、幼子イエスとマリアの二人(もしくは養父ヨセフを加えた三人)の姿を描いた「聖家族」などが有名だ。幼子イエスとマリアの傍らで、洗礼者ヨハネが(なぜか幼児の姿で)描かれているという、良く考えるとなんだかヘンテコな絵もある。
 他には、十字架を背負って処刑場であるカルヴァリオ(ゴルゴダ)の丘に進むイエスや、磔刑に架けられたイエスの下で悲しむ信者たちの姿、そしてしんだイエスの亡骸を腕にかき抱いて嘆き悲しむ聖母マリアを描いた「ピエタ」(イタリア語で哀れみとか慈悲という意味らしい)なども定番。

  **…話は違うが、日本の画にもやはりよく取り上げられる画題というのがある。大きく
     分けると①山水画と②花鳥画と③歴史画(歴史上の人物を描いたもの)の3つ。
     「竹林の賢人」だとか「龍と虎」それに「月に雁」などは有名だね。

 有名な画題はイエス自身のエピソードばかりではない。聖書や説話集にでてくる聖人や殉教者のエピソードのワンシーンもよく描かれる。例えば荒地での苦行中に悪魔の誘惑を退けたとされる聖アントニウス(名前は「聖アントニウスの誘惑」という)や、あちこちで布教する使徒たちの受難の姿(例えば「アテナイの聖パウロ」など)。ちなみに画家たちにとっては、お馴染みの画題であるだけ余計に自分のオリジナリティを出したくなるのか、このあたりの作品は、題名が同じなのに驚くほど内容が違う。今回の展示会でも「聖母子」が複数出品されていた。見比べてみるのもまた一興かも。
 商品ながら印象に残ったのは、十数センチ角の「パドヴァの聖アントニウス」という作品。なぜかアントニウスは、手に巨大な百合の花を持っているのだ。何かのエピソードにちなんだ象徴なのだろうが、とても奇異な印象を与えている。(因みにこういった“謎”を読み解いていくのが、荒俣宏氏が提唱する「図像学」というもの。絵の芸術的価値とは別の話になるが、これはこれでとても愉しい見方ではある。)
 
 「芸術」というのは、普段の自分とは全くの無関係な世界。「芸術」の存在価値とは何か?なんて考えてしまうこともあるけど、時々はこのように機会を作って見に行くのが良いと思う。芸術の価値というのは、おそらく「人生に豊かさを与える事」なんじゃないかと考える今日この頃だ。(笑)
 今回の東京行きは結構な強行軍だったのでさすがにくたびれた。もっと色々と書きたい気もするけど、とりあえずはこんなところで。乱文失礼。

<追記>
 と言いつつ、今回の目玉である「大公の聖母」について書くのをすっかり忘れていた。真っ暗な背景に幼いキリストを抱いた聖母マリアの姿が浮かび上がる、端正で精緻な筆致。バランスのとれた構図で、ひと目みただけで強烈な印象を残す作品となっている。個人的にはこの作品ともうひとつ、常設展にあったギュスターブ・ドレ「ラ・シエスタ スペインの思い出」の二つを見るだけでも、上野に足を運ぶ価値はあったと思うよ。
 ま、もっともラファエロは「大公の聖母」以外も素晴らしいんだけどね。それは同時代もしくは後年に他の画家たちが同じ題材で描いた作品と彼の作品を比べてみるとすぐ分かる。素人目に見ても質が全く違ってみえるから。絵の構成力であったり筆さばきであったり、すべてが破格。印刷ではなく実物を観ることの大切さは、きっとこういう気付きにこそあるのだろう。
 キリスト教の説話が(いかにも荒唐無稽なものも含めて)字義通りに受け止められてきたのは、もしかしたら、これら「まるで見てきたような真実味」がある絵画による影響もかなりあるのかも…なんて事を思ってもみたり。

『ことばの発達の謎を解く』 今井むつみ ちくまプリマー新書

 他人から教えてもらうわけでもないのに赤ん坊が自然に言葉を覚えていくのが、ずっと昔から不思議で仕方なかった。中学生で受けた英語の授業を思い返してみると、テキストや辞書といった「憶えるための道具」を万全に揃え、さらにあれだけ時間をかけて教えてもらっても全く上達する気配すらなかったのに。(苦笑)
 ましてや相手は幼児。便利な道具も使えず教師もいないというのに、いったいどうすれば初めて聞く言葉を聞き分け、意味を理解し、話せるようになるというのか。知りたくて言語学の本を読んだりしても、生成文法とか難しいことが書いてあるばかりで、そのあたりの事は書いてなかった。(言語学は言語学で面白いのだが、それはまた別の話。)
 そんな折、いつものようにぶらりと立ち寄った書店の新刊棚で本書を見かけた。中身をざっと見てみると、子供が言葉を習得するメカニズムについて書いたもの。どうやら自分の知りたかったことを研究していたのは、言語学ではなく認知科学の分野だったらしい。これまで随分と回り道をしてしまったようだ。

 というわけで、さっそく本書の中身について。先ほども書いたように、本書は子供がどのようにして言語を憶えていくかについて、認知科学の研究者がその概要を一般向けに分かりやすく解き明かした解説書だ。
 冒頭をざっと読んだところでは、その準備はなんと母親の胎内にいるときから始まっているそうだ。これは面白そう。次いで2歳ごろで「語彙爆発(*)」とよばれる現象が起こり、5歳くらいまでにはおおよその形が出来上がるみたい。以下、順を追ってまとめてみよう。

   *…子供が覚える語彙が短期間で爆発的に増える現象。まるで生物学でいうところの
     “カンブリア大爆発”みたいだね。(笑)

 胎児には母親の胎内にいる時から周囲の音が聞こえている、というのはよく知られた話。実は言語習得はその時からすでにスタートしているそうで、まず母親の胎内でよく聞こえてくる音(母親が発する言葉)のリズムやイントネーションを理解、母語となることばの音韻的な特徴をつかむらしい。昔、テレビでタモリがよくやっていたネタで「4か国語マージャン」というのがあったが、「言葉の意味は分からなくてもそれらしく聞こえる」というのは、まさに同じ話かも知れない。
 その後、生まれてから2歳になるころまでは、人とのコミュニケーションを通じ、聞いた音(言葉)が「もの・動作・状況」など複数の意味の中から何を示しているかを、試行錯誤によって憶えていく段階。なおこの時に最も重要なポイントは、「思い込み」ということらしい。聞いた言葉を自分で勝手に「こういう使い方をする言葉だ」と決めつけ、それを使ってみることで(ときに笑われながらも)間違いを正される。その繰り返しによって、頭の中に元となる“辞書”を作り上げていくらしい。それにしてもすごいことだよね。なんせ聞いた音のどこからどこまでが単語の区切りなのか分からない状態で、さらにはそれが名詞か動詞といったどの品詞なのかも分からない中、試行錯誤で憶えていくのだから。

 具体的にはこんな感じ。
 絵本の中の白いイヌを「ワンワン」と教えてもらった子供は、街でネコやほかの四つ足動物を見かけると全て「ワンワン」と呼ぶ。それどころか白い毛玉や毛布をみても「ワンワン」と言ってみたりする。よくある微笑ましい光景だが、この場合子供は「ワンワン」をイヌの名前ではなく、「四つ足動物または白くてフワフワしたもの」を指す言葉として解釈しているわけだ。これは本書によればすなわち「生まれながらにして周囲の物体をカテゴリー認識している」ということに他ならない。
 “見たものを何らかの特徴に従って識別する力”が言語の土台になっているというのは考えたこともなかったが、言われてみればもっともな話だ。言葉をしゃべるのは人間だけに与えられた特別な能力ではなく、生物が持つ基本的な力の上になりたっているのは当たり前の話。(“識別能力”が生きていく上で最も基本になる能力だというのは、ユクスキュル『生物から見た世界』(岩波文庫)やアフォーダンス理論を持ち出すまでもなく納得できる。)
 ちなみに幼児を使った実験によれば、初めて聞く名前は動詞ではなく名詞、しかも固有名詞ではなく普通名詞と判断する(思い込む)らしい。しかもこれは世界共通とのこと。このあたりに何やら生物としてのニオイを感じてしまう。

 次いで進むステップは「似ているもの同士」つまり「同じカテゴリーに属するが違うもの」を区別すること。実験結果によれば、どうやら(色や模様や大きさなどではなく)「形」に着目して区別しているらしい。物体の凹凸や厚みといった全体のフォルムから、形が似ているものを同じカテゴリーに分類していくそうだ。(**)

  **…「まるで○○のよう」という比喩表現のルーツも、案外こんなところにあるのかも
     知れない。

 本書にはこれらを調べる実験の様子が書かれているが、これが滅法面白い。例えば初めて聞く単語を動詞と名詞のどちらに判別するかを調べる方法は次のとおり。
 まず子供がそれまで見たこともない架空の“道具”を振り回しているビデオを子供にみせ、その様子を「チモっている」と説明する。次に子供に「先ほどの道具にしたのと同じ(振り回す)行為」と「先ほどの道具に形がよく似た物体(静止している状態)」をみせ、「チモっているのはどちらですか?」と訊く。この時に子供がどちらを選ぶかで、「チモる」という言葉を動詞/名詞のどちらに認識しているかが分かるのだ。
 ちなみに日本語は動詞の語尾に「○○テイル」という特徴的な形があるので、子どもは早い段階で動詞と名詞の区別をつけることができるそう。3歳では半々、5歳でほぼ間違えずに区別できるようになるらしい。
 同様に中国語が母語の子供らに対して行った実験もある。この時は「ダンパー」という架空の単語を作って調べたそうだが、中国語の場合には名詞と動詞の語形が変化しないため、5歳でも全員が名詞と判断してしまうそうだ。(ただし日本語でも「~シテモラウ」「~シテアゲル」「~シテクレル」の区別についてはかなり年齢がいかないと難しい。)
 このように言語による比較をすることで、具体的に単語のどこを手掛かりにして識別しているかが見えてくるというわけ。まさに心理学や医学、哲学や言語学など様々な学問領域をまたいで横断的に活動している、認知科学ならではのやり方という気がする。

 他にもある。例えば砂や水のように「ひとつずつ数えられないもの」と、食器のように「数えられるもの」の区別。前者の場合、例えば砂の山を崩しても砂であることに変わりはないが、割れてしまったコップの破片をもはやコップを呼ぶことはできない。それらを子供はきちんと区別しているというのだ。
 これなどは先ほどあった「形が変わると違うカテゴリーになる」ということから説明できるのかもしれないね。だとすれば、小さな子供がブロック遊びに夢中になったり、わざと何かを壊しては「あーあっ」と声を挙げたりするのも、あるカテゴリーが生まれたり消えたりするのを愉しむ行為なのかもしれない…なんて考えても見たり。

 こうして徐々に言葉を覚えていくと、2歳頃になって突然起こるのが冒頭にも書いた「語彙爆発」と呼ばれる現象。これがなぜ起こるかというと、憶えた単語同士を頭の中で有機的に関連つけることで「心的辞書(メンタルレキシコン)」と呼ばれるシステムが作られ、それがある程度進むと語彙が増えるスピードが飛躍的に伸びるためらしい。
 ある言語を習得する行為が最終的にはこの「心的辞書」を作り上げるという事に他ならないという話は、目からウロコがおちた。いくら中学生に時に英語の授業を受けても、日本語版の「心的辞書」に英語の対応表を書き込んでいるだけでは上手にならない訳だよね。納得。
 なお、単語が指し示す意味や範囲が言語(母語)によって異なっているということは、「愛」とか「悲しみ」といった抽象概念も、言語によってその意味合いが違ってくるということに他ならない。本書の中には数詞が「1/2/たくさん」の3つしかない言語を用いる人々の間では、「3」と「4」の区別がつかないという事例が挙げられているが、これなどはルイス・キャロルの書いた一連の『アリス』の物語、あるいは「外国人で“肩こり”になる人がいないのは“肩こり”という言葉がないからだ」という話を思い出した。

 それでは(本書の内容と直接の関係はないが)、最後に本書を読んでふと思いついたことを書いて終わろう。
 人間が物事を考える時、物事をモデル化して考えることを良くする。モデル化には論点を分かりやすくするという良い面もあるが、逆に「イチかゼロ」といった単純化によって起こる弊害もよく言われること。
 なぜ人間はすぐにモデル化したがるのか前から不思議だったのだが、もしかしたらそれは幼児の頃から培われた、言語習得の手法を援用した為なのかも知れない。何のヒントも無い中から試行錯誤で「心的辞書」を作り上げるための、思い込みと試行錯誤の手法。本書を読むことでモデル化の有益性と限界に思い当たったのは、望外の収穫だったかもしれない。

<追記>
 妄想ついでに。一種の思考実験なのだけれど、「甘い」「食べる」「尖った」「鳥」「重い」といった言葉が、名詞/動詞/形容詞などの区別なく全て同じカテゴリーに属する言語があったら面白いかも。かなり昔にヘンリー・カットナーという作家が書いた「ボロゴーブはミムジイ」という短篇を読んだら、まさにそんな雰囲気だった覚えがある。また読み返してみたいが、はたしてどこにしまい込んだものやら。(苦笑)

『三大陸周遊記 抄』 イブン・バットゥータ 中公文庫

 本書のことは誰かのエッセイで知ったのだったか。もともと旅行記の類は大好きで、アジア貧乏旅行で有名な下川裕治氏や、往年の“川口浩探検隊”のテイストを今に残す高野秀行氏のエッセイなどはよく読んでいた。ただしそれらはあくまで現代のもの。昔の人の旅行記は、それがそのまま命がけの冒険であったり、失われた文化の記録だったりとプラスアルファの愉しさが加わる。「一粒で二度おいしい(*)」ではないけれど、ちょっとしたお得感。(笑)

   *…もしかしたらこのフレーズ、今の若い人は知らないかもなあ。(アーモンドグリコ
     というキャラメルのキャッチフレーズなんだけど…。)

 前置きはこれくらいにして本題に入ろう。本書は14世紀のイスラム世界を代表する法学者にして大旅行家のイブン・バットゥータが、自らの半生を口述筆記した旅行記。(ちなみにウィキペディアによれば彼の正式な名前は「アブー・アブドゥッラー・ムハンマド・イブン・アブドゥッラー・アッ=ラワーティー・アッ=タンジー」というらしい。どこにも「バットゥータ」が出てこないんだけどなぜだろう。通称なのかな?)
 現在のモロッコにあたる場所で生まれた彼は、22歳の時に行ったメッカ巡礼をきっかけにして旅の人生を始め、その後50歳を過ぎて再び故郷に戻るまで長らく漂泊の日々を過ごした。本書の前半はダマスカス(シリア)からイラク・イランといった西アジア地域を回り、はては極寒の南ロシアまで足を延ばした記録。このあたりの記述はムスリムの相互扶助や砂漠に暮らす人々の様子が良くわかって興味深い。まるでイザベラ・バードの『日本奥地紀行』でアイヌの人々の暮らしぶりを読むように、民俗学的な好奇心でもって愉しめた。
 しかし純粋に“冒険記”として面白いのは、訳者の前嶋信次氏も解説で述べているように、やはり故郷から遥か離れインドや中国で暮らした日々を綴った後半部だろう。彼はなぜだか分からないが当時イスラム教国であったインドへと渡り、ムハンマド・イブン・トゥルグルック王に長らく仕えた。本書によれば、王はその日の気分で臣下に気前良く褒美を与えたり逆に首を刎ねたりとかなりの暴君ぶりだが、バットッータ自身はアラブから来た法学者として手厚く遇されていたようだ。
 インドを離れた後は、イスラム社会のネットワークを使ってスリランカ経由で中国へと渡り、最終的には大連まで行った様子が述べられている。世界に広がるイスラムのネットワークはこんなところまで来ているかと驚いたが、良く考えたら中国奥地には回教徒(ムスリム)の住む地域があるものね。中国滞在を終えてアラブまで戻ってからは、休む間もなくアフリカ大陸はサハラ奥地の黒人王国(スーダン付近)にも足を運び、最終的に故郷に腰を落ち着けるまで足かけ30年近くにもなる大旅行記となっている。
 先にも書いたように、読み物として面白いのは前半のアラブ篇よりも後半のインド・中国篇の方。それはきっと慣れ親しんだアラブの世界より、見たことのない国々の新奇な風物を「旅人」の素直な目で見ているからなのだろう。(**)

  **…いくつかの土地については実際には訪れてはおらず、伝聞やほかの人の著作からの
     引用との説もあるようだ。

 ところで本書を読む限り、彼がこれほどあちこちを移動し続けた理由や目的はまったく明かされていない。もしかして著者が想定していた当時の読者には自明だったのだろうか…などと考えているうち、はたとひらめいた事がある。
 これこそまさに、人類学者の片倉ともこ氏が著書『イスラームの世界観』などで書かれていた「移動文化」というやつではなかろうか。(たしか『かくれた次元』でエドワード・ホールも触れていた。)
 片倉氏によれば、元々が砂漠の民であるアラブの人々の生活信条は、ひとところに留まることなく「常に移動し続ける事」なのだそうだ。一か所に長らく滞っていると、心に「澱」のようなものが溜まってきて穢れたような気分になるらしい。松尾芭蕉ではないけれど「片雲の風にさそわれて漂泊の思やまず」といったところだろうか。してみると本書が読み継がれてきたのは、アラブの人々の心情にマッチするところがあったからかもしれないね。

<追記>
 思い起こせば自分が旅行記や冒険記が好きになったきっかけは、小学生の頃に図書館で借りて読んだ開高健の『オーパ!』だった気がする。その手の本は本屋で目に付いたら買っているので、自宅には他にもハイエルダール『コンティキ号漂流記』とかが積んである。気が向いたらそのうち読んでみよう。

2013年2月の読了本

 あまり大著は読めていないが、忙しいなりに好きな本を読めているのでまあこれで良しとしよう。ところで最近は新刊で話題作が多く出るので、そちらを追いかけるのも大変。一か月くらい読書バカンスが欲しいなあ。

『新しいウイルス入門』 武村政春 講談社ブルーバックス
  *ウイルスに関する最新の研究成果をコンパクトにまとめた解説書。ミミウイルスという
   光学顕微鏡で観察できるほど大きなウイルスや、そのミミウイルスに寄生するウイルス
   まで発見されているとは知らなかった。影物と無生物の垣根がどんどん曖昧になって
   いくのが面白い。
『三浦老人昔話』 岡本綺堂 中公文庫
  *『半七捕物帳』で有名な作者による、江戸を舞台にしたジャンル混在型の物語。
   (“物語”というより“読み物”と呼んだ方がしっくりくるかな。) 「鎧櫃の血」や
   「置いてけ堀」といった伝統的な怪談話から、「権十郎の芝居」「春色梅ごよみ」と
   いった人情話まで、江戸情緒豊かな話が満載。意外なことに中でも一番怖かったのは、
   特に怪異が出るわけでもない「下屋敷」という話。何の説明もなく淡々と進む物語が
   ぞくりと肝を冷やす。結局のところ、いつの世も一番怖いのは人の心という事なのかも
   しれない。
『三大陸周遊記 抄』 イブン・バットゥータ 中公文庫
  *イスラム世界を代表する14世紀の大旅行家の旅行記。原著は膨大な量になるそうで、
   本書はその中からの抄録とのこと。(それでも結構なボリュームだった。)彼が訪れた
   場所はメッカやイラク、イランといったアラブ地域は勿論のこと、ロシアやインド、
   さらには遥か彼方の中国やアフリカ奥地まで。足かけ25年にもおよぶ大旅行記となって
   いる。砂漠の民であるアラブの人々の生活信条は、ひとところに留まることなく常に
   移動し続けることだと人類学者の片倉ともこ氏も言っていたが、まさにそれを地で行く
   ものといえそう。
『やっとかめ探偵団』 清水義範 光文社文庫
  *数々のパスティーシュ作品で知られた著者によるコージーミステリ。舞台は著者が住む
   愛知県名古屋市で、そこで駄菓子屋「ことぶき屋」をいとなむ波川まつ尾(74歳)を
   探偵役にして、近所の年寄り仲間が不思議な事件の謎を解いていく。正直なところ、
   コージーミステリにはあまり興味が無かったのでスルーしていたのだが、先日ある方に
   「ミステリとしても結構良く出来ている」とお聞きし、慌てて古本屋を回って読んで
   みることに。結果、物語もさることながら、主人公が住む町が名古屋市中川区と非常に
   ローカルなのが気に入った。なんせ中川区といえば元々自分が住んでいたところなんで
   …(笑)。名古屋弁はもちろんのこと、あまりにもローカルなネタに驚きつつも満喫
   する事ができた。次巻がミステリとしてかなりいい出来とのことで、また見つけたら
   読んでみよう。
『書藪巡歴』 林望 新潮社
  *書名は「しょそうじゅんれき」と読む。著者は「イギリスはおいしい」などの軽妙で
   愉しいエッセイで世に知られた人だが、その本職は「書誌学」という学問を治めた研究
   者(だった)。本書は慶応大学の斯道文庫で研究に明け暮れた思い出をなんせ中心に、
   氏の専門である書誌学に関して存分に語ったエッセイ。本業とは違う余技の部分で有名
   になってしまったリンボウ先生だが、しかし『イギリスはおいしい』に始まる一連の
   エッセイが有名にならなかったら、『書誌学の回廊』や本書のような地味(失礼!)な
   本が世に出ることは無かったろうと考えると、ベストセラーにもある種の意味はあるの
   だと思えてくる。(自分はベストセラーをむしろ敬遠してしまうけどね。)
『イメージ』 ジョン・バージャー ちくま学芸文庫
  *副題は「視覚とメディア」。元はテレビ番組『Ways of Seeing(見る方法)』から
   うまれた本だそうで、古今の西洋美術を通じて視点や視覚イメージの変遷について論じ
   たもの。後半では現代の広告にまで言及。まさに視覚論のさきがけのような本らしい。
   「ものの見方」については興味があって以前から見かけると読んでいるのだが、本書は
   その中でもとっつきやすい入門書的な位置づけと言えそう。
『ドン・キホーテ 前篇(二)/(三)』 セルバンテス 岩波文庫
  *ドン・キホーテの言行を中心にした有名なエピソードが多い1巻よりも、彼が物語の中心
   から少し引いて“狂言回し”的な立場になった2巻の半ばあたりから俄然面白くなった。
   (その後は最後まで一気読み。)古本屋で続きを探していたのだが、先日とうとう我慢
   できなくなって後篇3冊を新刊でまとめ買いしてしまった。棚に積んである『レ・ミゼラ
   ブル』とどちらを先に読もうかな。今から楽しみ。
『最後のウィネーベーゴ』 コニー・ウイリス 河出文庫
  *現代のアメリカSF界を代表する女性作家の傑作集。日本で言えば誰に当たるだろう。
   高村薫とかだろうか。長い話が多いのでこれまで何となく敬遠していたのだが、文庫化
   されたのを機によんでみた。読後の印象としては理系が理想とする「端正」や「簡潔」
   と正反対の文体で「豊穣」や「饒舌」という言葉がぴったりな感じ。京極夏彦や森茉莉
   に近いかな。典型的な人文系のイメージ。ストーリー自体は比較的オーソドックスな
   SFになっていて面白いが、このような語り口に対しては好みが分かれそう。サービス
   精神旺盛なユーモアあふれる文章を、愉しいと思うかまだるっこしいと思うかが評価の
   分かれ目とみた。
   収録作品の中では、表題作の「最後のウィネベーゴ」が特に素晴らしかった。ペットを
   失うことの悲しみと種の絶滅をテーマに深い余韻を残して別格。他に気に入ったのは、
   “女性問題”を真正面から扱いつつユーモアたっぷりの「女王様でも」と、シェイクス
   ピアの大学講義をネタにした「からさわぎ」。
『ビブリア古書堂の事件手帖4』 三上延 メディアワークス文庫
  *今回は長篇。テーマが江戸川乱歩なので今までで一番面白く読めた。しかし有名になっ
   てしまったねえ、この本も。ドラマ化までされてしまって。
『立春大吉』 大坪砂男 創元推理文庫
  *全4巻からなる文庫版・大坪砂男全集の第1巻。この著者の作品は初めてなのだが、
   ひとつの文章(センテンス)が長いのが、作品に若干の読み難さと重厚感を与えている
   とみた。あっと驚くような奇抜なトリックは多くはないが、技巧と文章で読ませる。
   東野圭吾の『探偵ガリレオ』の元祖みたいな、警視庁鑑識課・技師の緒方三郎が探偵役
   を務めるシリーズが全て収録されているのも好印象。特に面白く感じたのは、表題作の
   「立春大吉」および鬼気迫るラストが印象的な「涅槃雪」、有楽町の水槽を舞台に人間
   消失事件を描いた「雪に消えた女」、幽霊の活躍を描いたユーモアあふれる作品「幽霊
   はお人好し」あたりか。第2巻の奇想&時代小説篇『天狗』も楽しみだ。
『乱調文学大辞典』 筒井康隆 講談社文庫
  *これまでアンブロース・ビアスの『悪魔の辞典』を始めとして様々な毒舌辞典が書かれ
   てきたが、本書は筒井御大の手による毒舌文学辞典。ただし40年以上前に書かれた文章
   なので、今となっては良く分からないギャグも多い。特に時事ネタをあつかった項目は
   予備知識がないと若い人には辛いのでは。(今ならさしずめ、しりあがり寿氏が朝日
   新聞に連載している時事マンガ『地球防衛家のヒトビト』を、何年後かに註釈なしで読
   むようなものか。)ただ大阪万博や高度経済成長期を覚えている人間にとっては、逆に
   当時の雰囲気が思い出されて妙に懐かしかったりもするのだ。(笑)
『ことばの発達の謎を解く』 今井むつみ ちくまプリマー新書
  *子供が言葉を習得していく過程を通じて、言語発達の仕組みを説明した認知科学の解説
   書。子供が全くの手さぐり状態から母国語を習得してく仕組みが不思議でならなかった
   が、本書を読んでだいぶ理解できた。一般向けに認知科学の成果を示す例として、読み
   やすい好著。
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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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