『今日の芸術』 岡本太郎 知恵の森文庫

 生前はちょっと変わった人物としてばかり取り上げられた感がある岡本太郎だが、ここ最近は「芸術家」としての再評価が著しい。本書はそんな彼が1954年に書いた芸術論。序文の横尾忠則氏によれば、当時は新書(カッパ・ブックス)で出されたとのことで、そのせいか当時はベストセラーになったようだ。変に気取らず、常に真っ直ぐに生きた著者らしくて好い感じ。
 中身は自らの芸術論を語ったマニフェストであるとともに、人生をいかに生きるかについて読者に熱く語ったアジテーションとなっている。晩年のエキセントリックなパフォーマンスだけが印象に残っている人にとっては、驚くほど理路整然としてしっかりした本書の文章は驚きかも。この人、本当はすごく頭のいい人だよね。
 著者は本書の中で惰性で生きる人生を否定し、「自分自身に充実」してための方法として“芸術”を規定する。自分自身の求めるものを象徴的に自分の姿の上に表すこと、それこそが「芸術」の本質であるとのこと。「失われた人間の全体性を奪回しようという情熱の噴出」とか、ちょっと時代がかった表現はされているが、言っていることはいたってまともだ。レトリックや韜晦に満ちた今どきの本に慣れてしまっている自分からすると、ストレートで力強い著者の文章は少しまぶしいくらい。

 岡本太郎氏の芸術論のポイントをまとめると、要するに頭や心に染みついた既成概念を捨てて、ありのままの自分をさらけ出そうということに尽きる。既成概念で図ることが出来ない「芸術」は、当然のことながら観る者の心にさざ波を立てる。

 今日の芸術は、
 うまくあってはいけない。
 きれいであってはいけない。
 ここちよくあってはいけない。

 彼が目指すのは、お仕着せの評価や権威の完全否定。芸術は常に新しくなければならない。既存の概念で評価できてしまえるものは、しょせん真の価値/新しさをもった芸術ではない。――それが彼の主張だ。したがって彼の作り出す作品は、自然と前衛的で抽象的なものになるというわけ。(こんなに分かりやすい芸術論を読んだのは、おそらく初めてかもしれない。)誤解を恐れずに言えば、G・ホッケが『迷宮としての世界』で述べたところの「マニエリスム(*)」を否定する事だと言い換えてもいいかも。さすが、子どもたちが描いた絵を絶賛していた著者らしい。

   *…通常理解されている「マニエリスム」とは少し意味が違うので注意。
     興味のある方は、以前書いた文章が本記事と同じ「建築・デザイン・芸術」
     のジャンルに入れてあるので、そちらをどうぞ。(^^)

 芸術はすべからく「新しく」なければならない。これは岡本氏の強い確信によるものだが、ただし生活にぴったり寄り添いズレや裂け目を感じさせない、「モダニズム(もしくはデザイン)」の価値を認めていない訳ではない。それらは“日常生活”を送るのに必須のものとして、芸術とはまた別に重要視している。
 “芸術”と、日本文化における”芸事”の違いについても面白かった。芸術は前述のように常に新しさを求める。新しくなければ価値はない。それに対して芸事の場合は逆で、伝統からの逸脱をもっとも嫌う。繰り返し鍛錬を積むことで、昔からの伝統を寸分たがわず再現できることが美徳とされる。
 しかし著者によれば、これは所詮「過去の新しさ」であって、今の時代に即したものではないのだとか。過去を守ることは重要だが、それを現代(そして世界)に通用する芸術的価値をもったものと思うのは大きな勘違いだそうだ。(このあたりの記述は権威主義に対する強烈な批判だね。)

 まあもっとも、著者の意見に若干思うところがないわけでもない。既成の価値観をすべて捨てて、自らの思うところをそのまま表現せよ!なんていわれても、そもそもが「物事の考え方の規範」自体を誰もが生まれながらに持っている訳ではない。伝統文化なりジェンダーといった、既成の考え方に寄り添うことで自分を作り上げている以上、何が「自然な価値観」といえるかは、非常に微妙なところだろう。でもこんな考えを持つことさえちょっと恥かしくなるくらい、純粋で気持ちがいい芸術論が展開されている。
 もしかしたら岡本太郎のこのように自由な発想は、母親である作家・岡本かの子の奔放さによるものなのかなー?なんてことを考えながら、気持ちよく読み終えることが出来た。好著。

<追記>
 夏季休暇が終わると、またドタバタした生活が戻ってきます。それまではしばしの休息。ちょっと変則的なブログの更新になっていますがご容赦ください。
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『自然の家』 フランク・ロイド・ライト ちくま学芸文庫

 建築分野にはとんと疎い自分でもライトの名前くらいは知っている。桂離宮を絶賛したというエピソードは聞いたことがあるし、彼の手による帝国ホテルを犬山市にある明治村まで観に行ったことも。でも恥ずかしながらそれ以上の事はよく知らない。(注:あれっ、桂離宮を褒めたのはもしかしてブルーノ・タウトだったっけ?/汗。 ま、自分の知識なんてそんなもんです。 ^^;)
 これまでの印象としては「なんだか平たい家を沢山作った人」という程度(失礼!)。正直なところどんな建築家だったのか見当すらつかない。
 というわけで本書は、ライトご本人が自らの建築理念を率直に語った、自分のような素人には全くもってありがたい一冊。(とはいえ「アメリカの建築の流れを分かりやすくまとめた入門書」というわけでもないので、そのあたりはライトの文章から何となく読みとっただけ。もしかして的外れなところがあったらご教授頂ければと、厚かましいお願いまでしたりして。/笑)
 ライトの建築理念については、結論から言えば究極の目標は表題のとおり「自然の家」ということ。もっと具体的には周囲環境(特にそれが建てられた大地)と一体化した家ということのようだ。ちなみに彼がこよなく愛する風景はアメリカの郊外に広がる「大平原(プレーリー)」。従って大平原からそのまま持ち上がったような平たい家こそが、彼の建築の持ち味となっている。自分の印象もまんざら間違ってはいなかったようだ。(笑)

 本書を読んでいると、かなりのページにおいて当時のアメリカ住宅に対する非難がされている。ライトが建築設計の仕事を始めた19世紀後半は、ヨーロッパの「新古典主義建築(*)」を真似た、いかにも大時代風なものが主流だったようで、窓が小さいため部屋の風通しが悪くて照度も不足していたとのこと。これを「住まい手にとって最も住みやすい家を作る」という形に変えたのが彼の偉いところ。いわば建築家の意識改革だったわけだ。
 ところで「窓が小さい」というのは、もしかしてアメリカの伝統的な住宅が「2×4(ツーバイフォー)」方式だからなのかな。2×4住宅では建物の構造的な強度を受け持つのは、柱ではなく住宅の四方を構成する外壁。従って“まずは壁ありき”であって、そこに穴をあけて窓をとりつける形になる。開口部は建物強度の関係から必要最低限の大きさになるので小さいし風通しも悪くなる。対する日本の伝統的な「木造軸組み工法」では、柱を立ててその隙間を土壁で埋める形が一般的。埋めていない部分は全て窓(開口部)として残ることになる。柱の間隔を広げれば旧家のように巨大な縁側を作ることだって可能だし、基本的に換気や光環境は抜群に良い。(その代わり冬場の温熱環境は劣悪になりやすい。)

   *…「新古典主義」といわれてもピンとこないのだけれど、Wikiで調べてみたらローマ
     や古代ギリシャの建築様式を真似た石造りの建物のことみたい。ホワイトハウスや
     国会議事堂みたいなもののようだが、それを真似た個人の住宅と言われても余計に
     分からなかった。

 それでもライトが目指しているのは、どうやら日本家屋に近い開放感を持った住まいのように思える。(ただしもっと工夫が施されていて、実際のしつらえや住みやすさは日本の家屋とは全く違う感じではあるが。)冒頭にも書いたように、彼が創ろうとしたのは、大地からそのまま立ち上がったような、そこに住む人をまるで包み込むような快適さをもった住宅。
 具体的な設計に際しては、鋼鉄やガラスやプラスチックといった「新素材」を積極的に用いながらも、石や木材や煉瓦といった従来素材も存分に活用する。いやむしろ特定素材に対するこだわりはなく、全ての素材の「声」に素直に耳を傾けるのが彼のスタイル。ガラスはガラスらしく煉瓦は煉瓦らしく、それらに「内在する様式」(特性)を住宅に活かしきる手法だ。最終的にライトが目標とするのは、素材の持ち味を生かすことで見えてくる自然な秩序と、建築家の意思が織りなす「建物と一体不可分となった装飾(パターン)」あるいは「(それ自体が)詩の水準にまで高められた建物」なのだ。
 彼が最も嫌うのは、ハリボテの不細工な構造躯体にとってつけたような装飾を施した個人住宅や、もしくはチューダーやローマの様式を真似た公共建築。「ホテルはホテルらしく」「銀行は銀行らしく」をモットーに、不必要な権威主義を否定した。「構造それ自体に自然なパターンを与える想像力」こそが建築家に求められるスキルなのだとライトは言う。(彼が近代建築のパイオニアのひとりと呼ばれるのは、ここに所以がある。)
 たしかに写真で見る限りでは、ライトが設計した住宅は開放的で機能的な空間設計がなされているようだ。(**)作業動線を考慮したキッチン設計も大変好ましい。子供の頃に『奥さまは魔女』などのアメリカ製TVドラマで憧れた、豊かな近代生活の原形がここにあるといえる。

  **…ただし吹き抜け空間は冷風が吹き下ろすので温熱環境は悪そう。ライトに抜け落ち
     ているものがあるとすれば、通風や換気設計を含めた温熱環境やエネルギーの最適
     な利用に関する知見なのだろうが、これは時代背景を考えると致し方ないこと。

 ライトの建築のキーワードを簡単にまとめるなら「機能美」と「統合性」。本書には「有機的住宅」とか「造形性」とかいう言葉も頻出するが、要するに「シンプルモダン」といったところだ。(無印良品のコンセプトに割と近い気が。)そしてこれらの理念を実現したのが、彼独特のデザインである「大地に水平に作られた大きくて平たい屋根(陸屋根)」と、「角まで大きくとられたガラス窓」というわけ。彼の好きな風景の名に因み「プレイリー(大平原)住宅」と言うらしい。
 外観は水平直角のデザインと直線を多用した近未来風に仕上がっていて、それでいて周囲の自然環境に妙に溶け込んだカッコ良さを実現している。著者によればあまりのモダンさに当時はかなり奇異な目で見られたようだが、さもありなん(笑)。他にも床暖房や間接照明にリビングダイニングなど、現在では当たり前のようになっている住宅の間取りや設備も彼が初めて取り入れたものらしい。
 ただしひとつ注意が必要なのは、これらの住宅はあくまでもアメリカの中西部に広がる大平原の風土に最も適したデザインだという点。彼自身も述べているように、別な気候に対してはまた別のアプローチが必要なのだ。当時のアメリカでもそのあたりを理解せず、見た目だけを模倣した住宅が乱立したようだが、ライトはそれらを痛烈に批判している。ましてや日本など全く違う気候風土の国においては言わずもがな。

 なお、なぜ彼が見渡す限り遠く広がるアメリカ大平原の地平線に魅かれ、自らが設計する住宅の「規範」としたのかについては、おそらくイーフー・トゥアン(『トポフィリア』『空間の経験』)やエドワード・レルフ(『場所の現象学』)といった地理学の論客たちによる、“ある種の”風景や土地に対する愛着の考察に入り込むことになることになるだろう。「お気らく読書」の範疇を遥かに超えることになりそうなので、とりあえず今回は止めておきたい。
 まとめると、それが建てられた自然空間(土地)と一体化し統合される、有機的な(自然な)家の実現。そしてその家によって、住む人の暮らしぶりや文化も周囲の自然と一体になれる――というのが、ライトの目指す「建築の理想」といえそうだ。

<追記>
 ずっと頭に引っかかっていた「新古典主義の住宅」に対する疑問が、訳者の富岡義人氏による解説を読んで氷解。ライトが目の敵にしていた古典主義的な住宅と、彼の手によるプレイリー住宅の違いが、イラスト入りで詳しく説明されていた。先に読んでおけばよかった。やっぱり開拓時代の雰囲気の住宅のようだ。これから読まれる方は、本文を読む前に末尾のイラストぐらいはざっと目を通しておいた方が良いと思うよ。

『フジモリ式建築入門』 藤森照信 ちくまプリマー新書

 『建築探偵シリーズ』や『明治の東京計画』などで有名な藤森照信氏の新刊。ちくまの「プリマー」といえば高校生向けの「ちくまプリマーブックス」を連想してしまうが、2005年にリニューアルして大人でも気楽に読める“知的入門書”というコンセプトで仕切り直したそうな。中身が原稿用紙150枚とお手軽なので、活字好きにはちと物足りない感が無きにしもあらず。しかしその分字も大きいので、最近近くのものが見にくくなってきた身としては有難かったり。(笑)
氏の元々の専門は「看板建築」など建築史なので、本書もてっきり建築様式についての本かと思いきや、読んでみたら全然違っていた。「(建築)様式」ではなく「(建築)そのもの」について語ったもので、19世紀末(=いわゆる前近代の手前)までの建築物の歴史をたどり、建築という概念について考察している。(*)

   *…自分で勝手に誤解していて言うのもなんだが、思うに日本における「建築家」と
     いう言葉の濫用が良くないな。英語ではアーキテクトとビルディングで区別が
     あるようだが、今の日本ではそのあたりが混在しているように思える。
     昔は「普請」という言い方で区別出来ていたような気もするが、今では使われて
     いないしなあ。
     「建築家」という言葉を個人の住居を設計する人にまで用いてしまっているから、
     てっきり本書もそちら系の「建築探偵(理論版)」みたいなものと勘違いして
     買ってしまったというわけ。
     

 本書で面白かったのは、建築というものが“神(神殿)”もしくは“人間(住居)”のどちらかの為のものだというくだり。今までそんな風に建築を考えたことなかった。しかしこのあたりの理屈を説明する為に、わざわざ“人類の曙”の時代まで遡って解き明かしていく破天荒さが、いわゆるフジモリ式というものか。

 それではここからはざっくりと中身を紹介。
 著者は建築物を「内部空間」と「概観」に分けて考え、前者「内部空間」のルーツはラスコーやアルタミラに見られるような洞窟壁画による「異空間」であるとし、同様に後者「概観」のルーツを(地母神信仰から発展した)太陽神信仰の象徴である屹立する柱に求めている。(諏訪の御柱祭のようなものかな?)
 また建築材料についての考察もなされている。ギリシアのように人が住まない神殿であれば、断熱性のない石で造られていても問題ないが、実際に人が寝起きする「住居」としての建築には木材は不可欠。しかし木材の加工は思ったより大変だそうで、まるで獣の巣のような外観が住居らしい体裁に変わったのは、新石器時代の摩耗石器による技術革命によるものらしい。(なにしろご本人が木材の伐採から加工までの工程で、打製石器と摩耗石器をそれぞれ実際に試してみたのだから間違いだろう。)
 先ほども書いたように、西洋ではギリシアの時代から「アーキテクチャー(神殿のように記念碑的な“建築物”)」と「ビルディング(住居など実用的な“建物”)」を区別していたが、日本でその区別が意識されるようになったのはようやく明治になってから。(最初の日本人建築家である伊藤忠太による命名なのだとか。)逆にいえば、日本では建物に人の意識がいくことはあまりなかったといえるのかな?それまで「建築家」なんて職業はなく、大工の棟梁(職人)の世界だったわけだし。
 ついでにいうと絵や彫刻や建築や自然景観など、あらゆるものに共通する普遍的な「美」という概念も、明治期に伝わってきたものだそう。東大の建築家教授として招聘されたジョサイア・コンドルに「建築の本質は実用ではなく美である」なんて言われても、生徒であった辰野金吾たちはさぞや戸惑ったことだろう。(笑)

 ちなみに住居としての建築すなわち“民家”が建築論の対象として論じられるようになったのは、19世紀も半ばを過ぎてから。(日本ではさらに20世紀まで下って、今和次郎により論じられたのが最初。)従って「建築史」と呼ばれるものは、その殆どが神殿や公共の建築物のみを対象とするのだという。本書でも神殿や公共建築の話がずっと続いて「もしかしてこれで終わるのかな?」と心配になったが、そこらへんは抜かりなく(笑)、キチンと別章を立てて論じてくれていた。(**)

  **…世界中に数えきれない種類があるので、本書では日本だけを例にとりあげている。
     大きくは竪穴式⇒高床式⇒茅葺き屋根、それに寝殿造⇒書院造/茶室⇒数寄屋造
     という流れのよう。

 明治期以降について語りだすと大変なボリュームになり、入門の範疇を超えてしまうため、本書はとりあえずここまでで終了。最初は内容を勘違いして読み始めたのだが、読んでみると大掴みで全体像を理解できるお手軽な建築入門としてなかなか好かった。気楽によめる”知的入門書”としてはぴったりといえる。

『迷宮としての世界(上/下)』 グスタフ・ルネ・ホッケ 岩波文庫

 「マニエリスム」と呼ばれる美術様式がある。本書はドイツの評論家(哲学者?)ホッケによって書かれた、「マニエリスム」についての極めて長大な論考。文庫になる前の元本は、1966年に種村季弘によって紹介されて、その後の本邦におけるマニエリスム研究の嚆矢となったものである(とのこと)。ただし著者にとってはマニエリスム美術について語ること自体が最終目的ではなく、あくまでも手段に過ぎない。真の目的は「ヨーロッパ常数」について語ることにある。(「ヨーロッパ常数」とは何か?については後述。)
 ところが本書の副題には「マニエリスム美術」とあるだけだし、本書を読んでもそんな事はどこにも出てこない。実はホッケの考えの全体像が示されるのは、何と一番最後の第30章に至ってからなのだ。美術史の一分野についての本だとばかり思って読んでいると、話がどんどん横にそれて題名通りの「迷宮」に入り込んでいくことになる。
 解説で高山宏氏も述べているように、本書はまず後ろから読んで全体像を頭に入れた上で、改めて最初に戻って読んだ方が理解しやすいだろう。でもいちいち全部読んでいられない人のため、以下にまとめて書いてしまう。(笑)

 もともと「マニエリスム」という名前は、16,7世紀(すなわち後期ルネサンスとバロックの間)に出現した“ある種の特徴”を持つ美術様式に付けられたものだった。(以下「狭義のマニエリスム」と呼ぶことにする。)
 美術史における狭義のマニエリスムというのは、それまでの「古典主義」から逸脱した絵画に対して付けられた蔑称の意味合いが強かったらしい。「古典主義」がギリシア彫刻のように自然な姿態の描写を主体としていたのに対し、「マニエリスム」と呼ばれた絵画は、例えば凸面鏡をつかってわざとイビツな構図にするなど、技巧に走り過ぎて一種異様な雰囲気を持っている。多くの人が知っている画家といえばアンチンボルド(*)などが挙がるだろう。最初は宗教的な寓意を持たせるなどの目的で、画家の精神的な主張を絵に盛り込むための手法だったはずだが、やがていつの間にか理念の追求は“珍奇性”の追求へとすり替わってしまい、“芸術性”とかけ離れた別の価値を示すようになった。それらの一群を指し示すために造られたのが「(狭義の)マニエリスム」という言葉だった。ちなみに日本では「衒奇的(げんきてき)」という訳語もあるようだ。

   *…野菜や書籍を組み合わせて人の顔を描いた作品が有名。

 ホッケの恩師であったクルティウスという人物は、後に「マニエリスム」という美術用語を“単なる自然描写”から逸脱した作品群全てに対して使用することを主張した。彼が「マニエリスム」の範疇に含めたのは、「紀元前200年前後のアレクサンドレイア」「1、2世紀ごろのローマ『白銀ラテン』時代」「17世紀半ば~18世紀半ばに亘る最盛期のバロック」、そして「19世紀初頭のロマン派運動」「20世紀初頭~半ばのダダおよびシュールリアリズム運動」などである。
 クルティウスの主張は正統的な美術史の中では定着しなかった(という話もある)ようだが、ホッケはその主張を継承/徹底し、絵画から対象を更に文学の分野まで広げた。すなわち修辞的な技巧を多用した詩や散文なども「マニエリスム」の概念に含めてしまったとのこと。(これを仮に「広義のマニエリスム」と呼ぶことにする。)
ちなみに「マニエリスム」の意味は「マニエラ(=手法/様式)を重視する主義」ということであって、ラテン語の“manus(=手)”から派生した「人の手による技術」に由来する。すなわち「(自然物をそのまま描写するため)具体的知覚にそぐうよりも、(作者の)心理的体験や情動に重きを置く芸術の手法」のことである。具象ではなく抽象的であったり非現実的な表現を特徴とする。
 「広義のマニエリスム」の例としては、ミケランジェロの宗教画などにおいて苦悩を表現するために人物に異様なポーズをとらせたり、文の意味が崩れてしまうほど韻を踏むことにこだわった詩などをイメージすると雰囲気が分かりやすいかも。

 前フリの説明のつもりが長くなってしまった。要するに本書『迷宮としての世界』というのは、著者ホッケが膨大な例証を挙げて「広義のマニエリスム」に対する自らの主張を説明した本なのだ。
 「広義のマニエリスム」にまで至ってしまったホッケはもはや歯止めが効かない。彼によれば「マニエリスム」とは単なる美術・芸術の概念ではなく、ヨーロッパの思想や文化の奥底深く流れる潮流のひとつであり、もう一つの潮流「古典主義」に対峙するものという事になる。―えらく大仰な話になってきた。(笑)
 彼の言葉を借りると、「古典主義」とは神による世界の秩序を重んじるものであって、「整然とした」「端正な」「自然主義的な」といった修飾語がよく似合う。極論すると理性や規範に対する親和性を持ち「“明るみ”に出されるもの(≒顕在化)」を優位とする価値観の総称ということになる。
 それに対して「マニエリスム」とは、作者が表現しようとする概念や頭の中のイメージが溢れだして創作物にまとわりつき、何とも形容し難い「豊饒な」「奇怪な」「ユニークな」形に結晶したものといえる。曖昧さや神秘性に対する親和性を持ち「“秘匿”されたもの(≒隠された叡智)」を優位とする価値観の総称である。
 このふたつを合わせ鏡のように一対のものとして捉えることで、ヨーロッパを支配する思考方法の祖形が解明できると著者は考えており、それを「ヨーロッパ常数」と呼んでいる(ようだ)。

 このあたりの話、つまり著者のスタンスは(あとから読み返してみると)実は巻頭の「緒言」で確かに述べられてはいる。述べられてはいるのだが、美術史における「狭義のマニエリスム」に関するガイドブックを期待して読み始めた読者には、何が書かれているのか全く理解が出来ない。そして先程も述べたように、再びこれらの話題に戻って著者の考えが包括されるのは、およそ670ページ後の(!)第30章に至ってからなのだ。(初読で全体像を理解するのは、はっきりいって不可能に近い。)
 その代わりといっては何だが、最後まで読んで全体像が理解できた時には、目の前がいきなりパッと開けるような爽快感があった。もうすこし詳しく言うと、第30章「神の隠喩」においてホッケはテーマを更に「神の想像」という領域にまで進めていく。「古典主義」は(神を)具象的に想像する方法であり「マニエリスム」は(神の)抽象的な想像を目的とする方法であるとし、それらが相俟って西洋の2大潮流となるというところまで話は及ぶが、流石にここまで広げ過ぎると著者の手にも少し余るようだ。美術におけるマニエリスムをテーマにした本書は一旦ここで終了する。そして「ヨーロッパ常数」を巡るホッケの思索は、文学や詩といった修辞に関する続篇『文学におけるマニエリスム』に引き継がれることになる...。
 まさかこれだけの大著が2部作の“前篇”に過ぎないとはホッケ恐るべし。もしもマニエリスム論の全貌を知りたければ、これ以上の労作であるらしい続篇を読まなくてはいけない訳だが、とてもそこまでお気楽読者のパワーは続きそうもなく、一応いまのところは本作で打ち止めとしたい。(笑)

 それではつぎに本書に関する感想を。
 第1部は「(広義の)マニエリスム」の様式に関する総論が続くため、狭義と広義の区別すら理解できていない読者にとってハードな状況(笑)が続く。そこで救いになるのは豊富に収録された奇妙な図版の数々である。不思議な雰囲気を待つそれらの絵は、難しい議論を読み進むのに疲れたときのちょっとした清涼剤代わりになる。
 本書が俄然面白くなるのは、死の不安/神と天使/時計/廃墟/キュビズムといった、「マニエリスム美術」を代表する各モチーフに関して各論が展開される第2部から。イメージを膨らませる為の道具としてよく用いられる使われるアイテム等を個別に取り上げていって、膨大な例章でその概念を解説する構成をとっている。その為に随所に掲げられた膨大な絵をみているだけでも楽しい。
 「マニエリスム」の代表作家としては先述のアンチンボルドやミケランジェロの他、エル・グレコやブリューゲル、ルドン、シャガール、それにエルンストやダリ、ピカソ、デュシャンといった画家たちや、詩人のブルトンなど錚々たる名前が挙げられている。対する非マニエリスム(古典主義)の代表作家としては、ダンテ、シェイクスピア、レンブラント、モーツァルト、ゲーテ、J・S・バッハなどこちらも凄い名前のオンパレード。
 自分が思うにどのような概念であっても、一度造られてしまうと時間とともに様々な意見が纏わりついて大きくなっていき、やがて雪ダルマのように膨らんでいく。そしてその結果、当初とは違う意味に使われ始める。おそらく「マニエリスム」においても同様で、時の権力/秩序の象徴たる「古典様式」に対置するものとして、無秩序や改革・革命というイデオローグを持たされたのではないだろうか。(**)

  **…そのまま先鋭化が進んだばあい、行き着く先は、“頽廃”もしくは“狂気”への
     散逸か、はたまた“倒錯的な猥雑”さか? いずれにせよ最終的には自閉症的な
     ナルシシズムへと堕することになりそう。

 ただこれらの膨大な論考を通じて著者が示そうとした結論自体については、ちょっと首肯しかねる点がある。まずひとつめは「(広義の)マニエリスム」に含まれるものと含まれない物の線引きが良く分からないこと。
 ホッケはミケランジェロやレオナルド・ダ=ヴィンチまでマニエリスムの範疇に含めてしまっているが、そこまで入れておいてレンブラントが含まれない根拠がさっぱり理解できない。あらゆる創作物には程度の差はあれ何らかの形で作り手の意図が込められており、「不自然なポーズ」のごときものまでマニエリスムに含めてしまうなら、どこに線引きするかは殆ど自由裁量になってしまわないか? スーパーリアリズム絵画はおろか写真ですら、意図的な構図や演出を完全に排除することは出来ないだろう。
 また、キュビズム(ピカソ)やデュシャンのように技巧的な奇想と、ブリューゲルやボッスのように技巧は普通だが書かれている対象物が異様なものを全て同列に語ってしまうのもどうかと思う。技巧に走り過ぎてしまったが故の「演出過多」と、手法は古典的だがテーマ自体が「奇想」になっているものとは分けて考えるべきではなかったか。個人的にはせめてミケランジェロなどは外すべきではないかと思う。自分の意見が絶対的に正しいとは思っていないが、少なくともここまでマニエリスムの定義を広げ過ぎると、収拾がつかなくなるだろう。却って意味のないものになると思われるが如何か。
 次に納得できない点は、あらゆるマニエリスム美術の目的を「神への奉仕」という観点で説明しようとしているところ。ベルクソンやハイデガーまで引き合いに出して懸命に説明してくれてはいるが、精神的なものや技巧的なものを全て一神教的な世界観に集約してしまうのはちょっとなあ。西洋美術とは全く別の流れをくむ“奇想の系譜”が存在することを知っている我々日本人としては、「若冲や蕭白は神への奉仕はしてないぞ!」と言いたい。月岡芳年なんてどう考えても宗教とは正反対の指向だし。
 それに西洋においてもマニエリスムの理念が宗教に因っているのは、せいぜいが市民社会の成立する頃までであって、それ以降の美術作品も全て同じとは思い難い。カンディンスキーやミロの抽象画のどこに宗教的な崇高さを感じればよいのか、自分にはさっぱり分からない。
 このあたりの話はもしかしたら続篇『文学におけるマニエリスム』で全て解決するのかもしれないが、そこまでつきあう気力は無いしなあ、うーん。(笑)

 以上、長々と書いてきたが、巻末の高山宏氏による解説がとても好かったので、それに触れて最後としよう。
日本に本書が初めて紹介された経緯や、マニエリスムを巡ってその後に繰り広げられた熱気ある議論の様子が、生き生きと描かれていて素晴らしい解説になっている。本書を翻訳・紹介したのが種村季弘だったこともあって、面白いことが大好きな種村や友人の澁澤龍彦らは基本的にホッケの立場を支持したらしい。その彼らが70年代の思想シーンを牽引したため、日本におけるマニエリスム理解は本書の考えに沿った「広義」のものになっているようだ。
 高山宏氏によれば日本におけるマニエリスムの例としては、先述の若冲や蕭白はもちろんのこと、漫画家の丸尾末広や荒木飛呂彦、果ては水木しげる迄もが含まれるそうだ。(自分が思うに松井優征の『魔人探偵脳噛ネウロ』も仲間に入れるべきかと。)

<追記>
 話はころっと変わるが、本当に本書の文章は読みにくかった。専門用語が多いだけじゃなく文意が掴みにくい。いわゆる「翻訳調」による読みにくさとも違う。例えば文の最初と最後で意味が繋がらなかったり。おそらく原著自体が悪文なのだ。翻訳にあたってはきっと苦労しただろうと思う。
でも自分は悪文については山口昌男で訓練を積んでいるので、内容さえ面白ければこの程度ではへこたれはしないのだ。(笑)
 思うにある種の思想家にとっては「何を書くか」だけが重要であって、「どう書くか」は大した関心事ではないのだろう。ちなみに文学者は逆で「どう書くか」に腐心しているが、両方を上手くこなせる人は稀であって、「何を書くか」が単になおざりにされているだけの人も多い。何事もバランスが大事ということだね。

『20世紀イメージ考古学』 伊藤和治 朝日新聞社

 1900年から1988年までにおける、建築/芸術/写真/ジャーナリズムなど様々なジャンルに関して(*)、その時代を代表するイメージを選び紹介したフォトエッセイ。現代における社会通念や文化の元を辿っていくと、当然のごとく過去のイメージの上に成り立っていることが分かる。したがってタイトルに「イメージ考古学」と銘打って20世紀初頭まで遡っていこうとする本書の取り組みは、まるで現代社会のルーツを捜しているようでとてもスリリングな経験となる。しかしまた、時代を下って現代に近づくにつれて中身に新鮮味がなくなり、どんどんつまらなくなるのも致し方ないといえる。

   *…本書が刊行されたのは1992年。すなわち刊行時点におけるほぼ20世紀全てを網羅。

 本書の説明に倣って自分なりに20世紀のイメージを回顧してみると、だいたい次のような感じか。
 ■第0期:19世紀末~00年ごろ
  旧世界の閉塞感の中から新しい時代の予感
   ――パリ万博(エッフェル塔)、ニコラ・テスラ(電気)
 ■第1期:10~20年ごろ
  世紀末が終わり「科学」と「技術」による新しい時代の幕開け。
   ――ダダとシュールリアリズム、女性ファッション、摩天楼
 ■第2期:30~40年ごろ
  2度の世界大戦による大量死や圧倒的な暴力への直面。「バラ色の未来」の終焉。
   ――芸術の大衆/ファッション化、「流線形」の登場
 ■第3期:50~60年ごろ
  工業化の進展による矛盾拡大と世界各地で継続する戦争、最終戦争の予感。
  旧社会の否定と新しい価値観。
   ――テクノスケープ、原水爆実験、ベトナム、ロック、フラワームーブメント
 ■第4期:70~80年ごろ
   価値観の多様化と従来の社会価値観の相対化(日本=終わりなき成長を謳歌)
   ――民族芸術、バイセクシャル、バブル
 ■第5期:90~2000年ごろ
   社会主義崩壊と民族主義・原理主義の台頭、グローバル化、地球規模の環境問題
   ――インターネット、ECO、テロ、オタク文化・・・そして混沌へ

 こうして一気に20世紀を駆け抜けてみると、人間なんてたいして進歩してないんだというのが良く見えてきて、何だか恥ずかしくなる。しかしその逆に、混迷を極める21世紀の今だって、過去の世界大戦や冷戦の時代に比べれば(楽観はできないにせよ)まだマシところも有る気もして、希望を捨てずに頑張ればまだ何とかなりそうという感じも…。
 いずれにせよ大事なのは、どんなことも過去からの積み重ねの上に成り立つことを忘れず、謙虚な気持ちで今に取り組むことなんだろうね。
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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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